私の好きな人には、好きな人がいます
水原に告白されて、数日が経った頃だった。
「あ…」
「あ、愛華さん」
椿と偶然自動販売機で顔を合わせてしまった。
以前の愛華なら、こんなところで会えるなんてラッキー!今日はいい日だ!とハッピー全開の気持ちだったのだが、今はそうもいかない。
告白する前に失恋した愛華は、椿にどう接していいか分からなかった。
「椿くん、こ、こんにちは」
「こんにちは。なんか会うの久しぶりだな」
「う、うん。そうだね」
「元気だった?」
あなたに失恋して元気じゃないです、とは口が裂けても言えない。
「あ、うん…元気だよ」
椿とは目を合わせないように視線を彷徨せつつ、愛華は答える。
自動販売機にお金を入れて、緑茶のボタンを押した。
「それじゃあ、また」と言って早々に去ろうとする愛華に、椿は心配そうな声色でその背中を引き留める。
「愛華さん」
愛華は笑顔を作って彼に向き直る。
「なあに?」
「また、ピアノ聴きに行ってもいい?いつも音楽室で練習してるんだよな」
「あ、うん」
「俺、クラシックとかよく分からないけど、愛華さんのピアノ聴いてると落ち着くっつーか、なんか癒されるんだよね」
「そ、そう…」
「だからまた聴きたくて」
「…うん、わかった。いつでも大丈夫だから、暇な時にでも聴きに来てね」
「ありがと」
椿の顔を見られなくて、彼がどんな表情をしているのかは分からなかった。
いつものように愛華に優しい笑顔を向けてくれていたのだろうか。
愛華の胸はまた苦しくなった。
(椿くんに聴かせられるような演奏なんて、私にはもうできないよ…)