私の好きな人には、好きな人がいます

「いつも気に掛けてくれて嬉しかったのに、あの時少し悲しいことがあって、椿くんの優しさを無下にしてしまって…本当にごめんなさい」


 愛華の謝罪に、椿は慌てたようにわたわたとしている。


「あ、愛華さん!顔上げて!俺、全然怒ってないし、気にしてないから」


「本当?」


「ほんと!愛華さんが平気なら、俺はそれでいいし」


「うん…平気だよ」


 椿には本当に気に障った様子はなかった。


「じゃあ、俺そろそろ戻るから」


「うん、またね」


「また」


 そう挨拶を交わして別れる。


(ちゃんと、話せた…) 


 愛華は安堵し、また椿の席へと腰を下ろす。


(ここ、椿くんの席だったんだ…)


 いけないと思いつつも、ちょっとだけ机の中を覗いてみる。


 椿の机の中は、お世辞にも綺麗とは言えず、プリントが少しくしゃっとなっていたり、奥で丸まっているのが見えた。


(すごい、なんだか男の子って感じ)


 愛華は一人くすくすと笑いながら、椿の机の中にチョコのお菓子をこっそり入れてみた。


 それは四角く小さな、抹茶味のチョコレートだった。


(椿くんも抹茶味、好きだったらいいのにな)


 愛華はそんなことを思いながら、一つの結論を導き出そうとしていた。


 愛華は机へと顔を伏せる。椿がいつも使っている机。彼が黒板に視線を向け、ノートにペンを走らせている姿を想像する。


 一つの結論。それは、失恋した時からずっと考えていたことだった。
 

< 55 / 72 >

この作品をシェア

pagetop