私の好きな人には、好きな人がいます

 愛華はまたコンクールに向けた練習を本格的に進めていった。


 愛華はここ数か月で、少し強くなったのではないかと自負している。


 椿に頼りきりだった昔の自分とは違う。


 失恋の痛みも、友人を失った悲しみも。きっと愛華の演奏の引き出しになってくれるだろう。


 無駄な経験なんて一つもない。


 そう、愛華は思えるようになってきた。


 時間が経っても、失恋の痛みはなかなか消えてくれない。それはまだ、愛華が椿のことを好きだから。


 けれど愛華の心は、前を向いていた。


 椿にこの気持ちを伝えることはないだろう。


 椿は美音のことが好きなのだから、愛華が気持ちを伝えたところで、結局断られるのが関の山だ。結末は分かり切っている。


 いっそ気持ちを伝えてしまって、踏ん切りをつけようかとも考えたが、椿にとっては迷惑になるだけだろう。


 そう考えると、この気持ちは言葉にはせず、愛華の胸にしまっておくしかない。


 愛華は椿への想いを無理に消そうとはせず、ただ時に身を委ねることにした。


 好きの気持ちは消そうと思ってもそう簡単に消せるものではない。ならば思い続けてもいいのではないだろうか。彼の迷惑にならないよう、ひっそりと。


 そうしているうちにもしかしたら、気持ちの整理もつくのかもしれない。


 愛華はそう結論付けた。


(決して叶うことのない、片想いに戻るだけ…)


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