私の好きな人には、好きな人がいます
愛華は席を立ち、一階の昇降口前にある自動販売機まで緑茶を買いに行くことにした。
少し行儀が悪いとは思いつつも、自動販売機の横で買ったばかりの緑茶に口を付ける。口の中も喉も、潤したそばから乾いていくようだった。
そこにちょうど水原が通りかかる。
「あれ?水原くん、今帰り?珍しいね」
水原は部活にも委員会にも所属しておらず、授業が終われば帰宅するかレッスン教室の空き教室に行くかの二択である。この時間まで学校に残っているのは珍しかった。
「進路の相談でちょっとな」
「あ、もうそういうの考えなきゃいけない時期か…」
高校二年生ももうすぐ終わる。来月からは高校三年生。受験生になるのだ。今はまったくもって考えたくもないが。
「愛華はいつも通り音楽室で練習か?」
「うん」
「まあ、励めよ」
水原は得意げに笑って、校舎を出て行く。
今回のコンクールは彼に失望されることのないよう、もちろん彼より上を目指していくつもりだ。
「あ、愛華ちゃん!」
水原と別れた直後、今度は美音と藤宮がやってきた。愛華は美音と藤宮の顔を交互に見てしまう。二人揃って下校するのだろうか。
「あ、美音ちゃん、バイバイ」と手を振る愛華に、美音はいつも通りの明るい笑顔で「バイバイ!」と手を振り返してくれた。藤宮は特に何も言わなかったが、彼はまあいつもそんな感じのようなので愛華は特段気にすることはなかった。
(美音ちゃんとは、ずっと友達でいたいなぁ)
美音との関係は変わらずいられるだろうか。美音と椿が付き合うことになったとして、愛華の気持ちを知らない美音はきっと今までと変わらず接してくれるだろう。どちらかというと、それに愛華が耐えられるかどうか、なのかもしれない。
緑茶をもう一口喉に流し込んで、愛華は音楽室へと戻った。