私の好きな人には、好きな人がいます
(楽しい。この時間が好き。椿くんと他愛のないお喋りをして、なんでもないことで笑って。私、やっぱり、)
「椿くんが好き」
「え…?」
「え?」
二人して同じようにきょとんとした顔で見つめ合う。
(え…私、今なんて言った?椿くんが好き、って声に出しちゃってた?!)
いつも心の中で椿が好きだ好きだと思っていたので、不意に気持ちと一緒に言葉が溢れてしまった。
愛華の顔がみるみる青ざめて行くのとは反対に、椿の顔は少し朱色に染まっていた。
「えっと、…聞き間違い?」
「き、聞き間違いで…」
聞き間違いです!そう言いたかったけれど、愛華はもうこの際だと言わんばかりに開き直ってしまった。
「は、ないです!」
「え」
「私、ずっと椿くんのことが好きだったの」
言うつもりなどなかった。椿にとっては迷惑になるだけなのだから。この気持ちは愛華の中で、ゆっくりと落ち着かせるはずだったのに。
けれど、一度溢れてしまった気持ちはとめどなく溢れてくる。
「ずっと音楽室から見てた。グラウンドで走るあなたを。駅で助けてもらうよりも、ずっと前から…」
椿にとって愛華を知るきっかけとなったのは、ホームから落ちそうになった愛華を助けた時だろう。しかし愛華はその前からずっと椿を知っていたし、ずっと彼の練習を見てきた。
「走る姿が素敵でずっと憧れてた。私もあんな風に楽しく頑張りたいって、ピアノでうまくいかない時があっても、いつも椿くんに励まされてたんだよ」
愛華にとってそれは大きなことだった。ずっと孤独であった闘いが、椿と一緒なら頑張れるような気がしたから。
「これからも、ずっと好きです!」
愛華はそうはっきりと口にした。してしまった。
(言うつもりなんてなかったのに…こんな、勢い任せに……)
愛華は恐る恐る椿の顔色を窺う。心臓が飛び出しそうだった。椿にも聞こえているのではないかと思う程に胸は高鳴って、息も苦しい。
椿は照れたように頬を掻きつつも、案の定少し困ったような顔をした。
(……ああ、きっと美音ちゃんの話をするんだろうな…)
愛華は瞬時にそう思った。当然だ。椿は美音が好きなのだから。
椿は拳をぎゅっと握りしめると、愛華の目をしっかりと見つめて言葉を紡ぐ。