私の好きな人には、好きな人がいます

 放課後。音楽室でのピアノのレッスンを早めに切り上げた愛華と水原は、通っている高校から程近いピアノ教室へと一緒に向かった。


 案の定今日もほとんど休憩がなかったので、グラウンドを覗く余裕などなかった。


(水原くんのケチ)


 愛華の不満そうな表情に、隣を歩く水原は不思議そうに首を傾げる。


「愛華は何でいつもそう不機嫌なんだ?」


(水原くんがいつも強引だからでしょうがっ…)


 そう本人に伝えたい気持ちはあれど、これから発表会で共闘する連弾相手である。喧嘩になるようなことがあってはならない。それに水原も悪気があってのことではない。彼は純粋にピアノに向き合っているにすぎないのだ。


(ただほんの少しでもピアノ以外に興味を持ってくれるだけでいいんだけどな…)


 水原はこの性格故に話す相手は愛華くらいのものだ。愛華だって、たまたまピアノ教室もクラスも一緒で、今回の発表会でペアというだけ。本来ならまず話したりしなかっただろう。


「別に不機嫌じゃないよ」


「そうか。まぁ機嫌なんてくだらない感情に左右されて、しょうもない演奏するなよ」


 私がむむっと思っているのはそういう言い方だよ!とは口が裂けても言えないのだった。



 ピアノ教室で先生に見てもらいながら、愛華と水原はみっちりと発表会の練習をした。


 性格などこれっぽっちも合わない二人ではあるが、演奏となると息はぴったりで、かなり完成度の高いものができたのではないかと思う。


 愛華も小さい頃から色んなコンクールで賞を取ってきたが、水原も相当賞を取ってきたはずだ。コンクール会場で見かけることはよくあったし、ピアノ教室も曜日は違えど、一緒のところに通っていた。特に意識したことはないが幼なじみであると言えなくもない二人だった。


「あー疲れた~」


 集中しすぎて凝り固まった肩を解しながら、ピアノ教室を後にしようと教材を鞄にまとめる。


「じゃ、水原くん、また学校で」


「ああ、お疲れ。今日の演奏は、まぁ悪くなかった」


 水原にしては何だか柔らかい表情でそんなことを言うものだから、愛華は目を丸くして彼の顔を見てしまった。つい余計なことを言ってしまう。


「水原くんがそんな風に褒めてくれるなんて珍しい…」


「いつも褒めてるだろ」


「え?いつ?どこで?誰が??」


 水原に褒められたことなど全く記憶にない。


「お前を認めてなかったら、俺の連弾相手に選んでない」


「え?」


 どういうことだろうか。連弾相手を決めたのは先生ではなかったのだろうか。


「それって水原くんが私を、」


 そう愛華が水原に問い質そうと口を開いた時、トン、と誰かと肩がぶつかった。


「あ、ごめんね!愛華ちゃん」


「あ、麗良(れいら)ちゃん!」


 麗良は、同じピアノ教室に通う同い年の女の子だ。学校は違うが、時たま顔を合わせることがある。


「ううん、全然大丈夫!麗良ちゃんもお疲れ様」


「お疲れ様~、水原くんとお話があるんだけど、いいかな?」


「あ、うんもちろん!私、もう帰るから」


 水原とは明日また学校で話せばいいことだ。何やら急ぎらしい麗良に場所を譲って、愛華はそそくさと家路を急ぐ。


(早く帰ってこのうまくいった感じを手に覚えさせておきたい)

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