私の好きな人には、好きな人がいます
普段よりも少し帰りが遅くなってしまったけれど、まだまだ帰宅ラッシュの時間帯だ。今日も駅のホームは混雑していた。
あまりに電車が混んでいたので、愛華は一本見送ることにした。愛華の後ろに並んでいる人達までぱんぱんの電車に乗り込んでいくと、必然的に愛華が一番前に並ぶことになってしまう。昨日の今日で線路の目の前に立つのは、やはり少し怖かった。
(…後ろに並び直そう)
そう思ったところで、後ろから腕を掴まれた。
「え…?」
振り返るとそこには、切羽詰まったような表情の椿がいて、愛華は目を見張る。
「え、三浦くん?」
少し肩が上下していて、走って来たのが窺えた。しかし何故走って愛華の元へとやって来たのだろうか。
「あー、勝手に腕掴んでごめん」
椿は慌てたように手を離す。女の子に慣れていないのか、触れることに躊躇いを持っているのか、椿はすぐに愛華から離れてしまう。
「だ、大丈夫だよ。それよりどうしたの、そんなに慌てて」
椿に会えたことに相当舞い上がっている愛華だが、彼が慌てて来てくれたことも気になる。何かあったのだろうか。
「あ、いや、昨日の今日で心配になったというか…」
「え…?」
「柏崎さんは怖くないの?平気?」
「えっと、怖くないと言えばちょっと嘘になるけど、平気!です!」
「そう…」
椿はほっと胸を撫でおろしながらも、どこか辺りにきょろきょろと視線を走らせ、何かに警戒しているようだった。
「とにかく、一番前に並ぶのは危ないから、後ろに並ぼう」
「あ、うん」
四、五人後ろに並び直して、愛華は真横に並ぶ椿をちらりと見やる。
(うわぁ~また三浦くんと話せるなんて!今日はついてる!)
「え、えっと、三浦くんは部活終わり?」
「そう。いつもはもっと早いんだけど、今日はちょっと遅くまで練習してて」
「そっか」
椿の走る姿を思い出して、またきっと楽しそうに走っていたんだろうなぁ、と妄想する。
「柏崎さんっていつもこの時間なの?」
ピアノのレッスンがある日はいつもこの時間だ。放課後音楽室で練習して帰る時はもう少し早めに帰宅している。
「今日は習い事があったから」
「…あのさ、もっと早く帰れない?えっと、女の子が一人で帰るのは危ないと思うし」
(なんて優しい人…!)
愛華は椿の紳士的な発言に感動する。
こんな風に心配してくれる同級生がいるだろうか。いや、きっといない!音楽室のベランダから遠目でしか見ていなかったけれど、間近で見てみるとかなり顔立ちは整っているし、THE運動部の爽やかさがある。ねちねちと欠点ばかりを指摘してくる仏頂面の水原とは大違いだ。まぁ、今日は珍しく褒めてくれてはいたが。
愛華が感動しながら椿の顔を見つめていると、椿は居心地悪そうに視線を外した。
「まぁ、余計なお世話かもしれないけど…」
「ううん!そんなことない!心配してくれてありがとう」
にこにこ笑う愛華をどう思ったのか、椿は少し照れくさそうに頬を掻いた。
「そうだ、お礼!」
昨日の今日ですぐに会えると思っていなかったため、昨日助けてもらったお礼の品を、愛華はまだ用意していなかった。
「何か用意して、持って行くね」
「いやほんと気遣わなくていいから。柏崎さんが無事ならそれでいいんだしさ」
「ううん!命の恩人だもの!絶対に何か考えるから!」
張り切る愛華に、少し困ったように「ありがと」と言って笑顔を見せる椿。その表情にまたきゅんとしてしまう。
(お礼の品どうしよう!何か喜んでもらえるものがいいな)
愛華はまたうきうき気分で帰宅するのであった。