離婚前提婚~冷徹ドクターが予想外に溺愛してきます~
結局、次の日すぐに井上さんは退院となった。

セクハラどうこうではなく、彼の主治医が「経過良好なので」と、早めに帰すことにしたらしい。

「よかったな、槇。もしかして笠原先生が裏で手を回してくれたんかな」

昨日の午後から井上さんを受け持つことになってしまった千葉くんも、井上さんにセクハラを受けた他の看護師も、彼の退院を喜んでいる。

「先生はそんな暇ないよ」

昨日、あのタイミングでたまたま病棟に先生がいたことが奇跡だったんだ。

先生はあまり病棟にいない。

彼はいつも外来とオペ室と病棟をぐるぐるしていて、自分の受け持ち患者の部屋を回ったらすぐに次の目的地へ向かって行ってしまう。

「あっ先生、ちょっと待ってください!」

「ん? ああ槇か」

ある日私が速足で歩く笠原先生をつかまえると、他の看護師も群がってきた。

「先生サインを!」

まるで空港でファンに囲まれるハリウッド俳優。

「ちょっと待て。一列に並べ」

検査の同意書やらなにやら、先生にサインをもらわねばならない書類は意外に多い。

笠原先生はむっつりした顔ですべてにサインすると、息を吐いてその場を離れた。

「槇さんが来てから、笠原先生がつかまって助かるわあ」

主任さんが褒めてくれる。

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