冷酷な御曹司に一途な愛を注ぎ込まれて
「ああ、あと、詩織のお父さんのことなんだけど……」
「父は母と離婚した後、音信不通になりました。今生きているのかも知りません。母に一希さんを勝手に恋人と伝えてしまってごめんなさい。ですが、結婚はできません」
「……詩織は俺じゃ不満? 他に気になるヤツがいるのか?」
「気になる人なんていません。自分勝手で申し訳ないですが、私は同情で結婚を決められたくないです。一希さんには散々お世話になったのに……ごめんなさい」
ダメだ。涙が零れてしまう。
私がここの家にいる限り一希さんに一生迷惑をかけてしまう。
お母さんが私と会わないように話してくれた。母を説得してくれた。そのことだけでもう十分だ。
「一希さん、今までありがとうございました。今日付けで家、出ていきますね」
うすら笑いを浮かべると一希さんは眉間に皺を寄せ「は?」と低い声を出した。散々振り回して、一希さんが怒るのも無理はない。
「……ごめんなさい、一希さん。今までありがとうございました」
「その気がないのに早とちりして急かして悪かった。だが、ここを出てどこへ行くんだ」
「ご心配ありがとうございます。またネカフェ生活に戻るだけです。ですが、あの店にいたらまた母が来たときにご迷惑をおかけしてしまいますし、違う所を探して辞める方向で動くつもりです。今までありがとうございました」
深々と頭を下げると、一希さんは「そうか」と息を吐いた。
呆れられただろうか。でも、それでいい。
私はこれ以上ここにいてはいけないんだから。