となりの初恋
顔が上手く見れなくて、反射的に目を反らした。
櫻井くんの笑い声だけが聞こえる。


「高橋さん、これお願い」

「はい」


なるべく目を合わせないようにしながらバーコードを読み取って、最終ページに貼られた紙に返却日の日付の判子を押した。


「ありがと。そうだ、聞きたいことあって」


本を鞄にしまって、またソファに座る。
私を見ると、微笑みながら口を開いた。


「高橋さん、好きな人っている?」


突飛すぎる質問に、思わず咳き込む。
やっと咳が治まった頃、櫻井くんは私を気にかけながら話してくれた。


「何急に……びっくりした」

「いやごめん、気になったんだよ」


好きな人……か。


「好き」って、なんなんだろう。


恋を経験してこなかった私にとって、その感情は得体の知れない怖いものだ。


気づかないでいたい。
その怖いものに、足を踏み出したくない。


足を踏み出したら戻るなんていう選択肢はなくて、進むしかない。
< 58 / 82 >

この作品をシェア

pagetop