元カレ消防士からの爽やかな溺愛 〜厚い胸と熱い思いで家族ごと愛されて〜
 初めての大好きな彼との抱擁だけれど、決して甘くない。
 それどころか、胸が苦しくて、抱きしめることしかできない自分の無力さに悲しくなる。

 抱きしめ合っている間くらい、心がつながればいいのに。
 人間はこんなに進化したのに、どうして相手の心を軽くする術は持っていないのだろう。
 どうしたら、彼の心に手を差し伸べられるんだろう。

 そんなことばかりを考えて、でも結局抱きしめることしかできなくて。
 私はせめて、今は大輝のお日さまでいられるようにと泣かないように歯をくいしばった。

 ◇

 それから私たちは、たくさん抱きしめあった。
 少しでも、大輝の気持ちを一緒に持ってあげたかった。

 終業式が近づくにつれ、「最後くらいはお互いに笑って別れたいよね」なんて話をするようになった。
 無理をして笑うんじゃなくて、心からの笑顔で。

 そしてついに訪れた、別れの日。
 私は大輝の家の前で、予定通りに笑って大輝を見送りに来た。

「いつでも連絡していいんだぞ?」

「ううん、いい。これからはお互い、別の道を進むんだから……。またどこかで会えたら、嬉しいな」

 未練がましいのは良くないと思ったし、新しい土地で新しい生活を始める、大輝の負担になりたくなかった。

「分かった」

 そんな会話をして、去って行く大輝を見送った。
 約束通り、互いに笑顔で。

 けれど、大輝が見えなくなって、急に目頭が熱くなって。
 ぽろぽろと流れ出した涙が、止まらなくなった。
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