パパになった消防士は初恋妻を燃え滾る愛で守り貫く
 リビングには、青ざめたまま座り込んでしまった母。電話の向こうで言われたことを、私は頭の中で復唱した。

「すぐに向かいます」
「大丈夫です、落ち着いて」

 震える母の背中を見つめることしか、私はできない。通報を終えたスマホをじっと握り締める。どうしていいかも分からない。

 どのくらいそうしていただろう。
 遠くから、救急車のサイレンが聞こえてきた。

 インターフォンが鳴る。玄関を開け、入ってきた救急隊員は、大輝だった。
 母に避けるよう言い、父に寄り添う水色の出動着姿の背中に、ひどく安心した。

 大輝は母に何かを言おうとして、口を噤んだ。
 母はまだ青ざめたまま、動けそうになかった。

「旦那さん、緊急搬送しますね」

 大輝はそれだけ母に言うと、他の隊員に何かの指示を出す。

「梓桜、おじさんの保険証と、お金と、自分たちの上着持ってこい。運ぶ」

 振り返った大輝に言われ、こくりと頷いた。
 私が、しっかりしなきゃ。

「お母さん、上着これでいいね!」

 寝間着姿のままの母に上着を着せる。まだぐっすり寝ている颯麻を毛布ごと抱き、担架に乗せられていく父を見守った。

「乗って、もう出す。保険証借りるぞ」

 促され、まだ呆然とする母を救急車に押し込み、大輝に父の保険証を手渡した。颯麻を抱いたまま、母の隣に乗り込んだ。

 救急車がサイレンを鳴らし、動き出す。その中でも、大輝はてきぱきと動き、何かの処置を父に施していく。

 大丈夫、大輝が来てくれたんだから。
 私は大輝の真剣な横顔を見つめながら、父の無事を祈った。
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