パパになった消防士は初恋妻を燃え滾る愛で守り貫く
 玄関の正面にある寝室の扉の向こうから聞こえる、ベッドの軋む音。
 気持ちよさそうに喘ぐ、女性の声。
 壁の向こうの光景を想像し、全身がぞわっとした。

 けれど、どうしていいのか分からない。その場に立ち竦んでいると、さっきまですやすやと寝ていた息子が目を覚ました。

 息子の泣き声に、扉の向こうの音は全て止み。
 代わりに、がらりと開いた扉から、旦那が顔だけこちらに出したのだ。

「あれ、お前帰ってくるの明日じゃなかったっけ?」

 何も言えなくて、泣き出した息子にも申し訳なくて、勝手に涙が溢れた。
 肩掛けにしていた入院の荷物は肩から外れて、玄関の床にパタリと落ちた。
 ただ、息子の泣き声だけが玄関に響く。

 しばらくすると、小柄な女性が面倒くさそうに寝室から出てきた。
 垂れた前髪を大きく掻き上げるのは、かつて仕事仲間だった後輩。

「嘘……」

 彼女は嫌悪感いっぱいにこちらを睨みながら、一言も発さずに靴をさっと履き、そのまま玄関から出て行った。
< 6 / 249 >

この作品をシェア

pagetop