惨夢

「え……」

「マジかぁ」

 思わず顔を強張らせる。
 彼の方は苦笑した。

「おいおい、びびってんの?」

 夏樹くんがからかうような(あお)るような口調で言う。
 朝の仕返しだろうか。彼にそう言われるとは。

「びびるでしょ、こんなの」

 朝陽くんは緑色の水面を指してあっけらかんと答えた。

「まあ確かに、衛生上問題だらけだな。落ちたら何かに感染して病気になるかも」

「何だよ、そういう心配か」

「……絶対やめてね、夏樹くん」

「それ、ふり(、、)?」

「やめろよ、シャレになんないって」

 渋々プールの方へ近づき、3人と同じようにふちへ上った。
 先ほどよりもぎらついて見える水面を慎重に覗き込む。

 それぞれ何となく黙り込んで1分くらい待ってみたものの、特に変化はない。

「……これでどうなんの?」

「女子生徒の霊が現れる……はず」

 (いぶか)しげな朝陽くんに答えた柚だったけれど、さすがに自信なさげな声色だった。

「やっぱり何も起こらないね」

「怪談なんてこんなもん────」

「うわっ!!」

 突如(とつじょ)として夏樹くんの大声が響き渡った。

 驚いてそちらを向くと、尻もちをついたような体勢の彼がふちからプールサイドの方へ転がり落ち、そのまま後ずさるところだった。

「どうした?」

「何よ、夏樹。今度はそうやって脅かす気?」

「ち、ちげーよ! あれ……!」

 顔面蒼白の彼が震える指先をプールの方へ向ける。

 つられるようにその先を追うと、ちょうど真ん中辺りにぼんやりと透けた人影が浮かび上がっていた。

 水面の上に立っている制服姿の女子生徒。
 俯いた顔は垂れた長い黒髪に覆われて見えない。
 全身が(したた)るほど濡れそぼっていた。

「ひ……っ」

 思わず息をのむと後ずさる。

 彼女からは生気がまるで感じられなかった。

 本当に現れたのだ。
 あの怪談話の通りに、女子生徒の霊が。

 真下ばかりを見ていたせいで気づかなかった。
 いったい、いつからそこにいたのだろう……?
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