惨夢

 いつの間にか隣に立っていた朝陽くんが、声を落として尋ねてくる。
 困惑を滲ませた顔で教室内を窺っていた。

 その奥には高月くんもいる。
 まったく気づかなかった。

「ちょっと……」

 咄嗟に答えかけたものの、その先に言葉を続けられない。
 口を開くと感情があふれ出しそうで、こらえるように唇を噛んだ。

 それと同時に、自分の一部が冷静に分析した結果の判断でもあった。

 一連の出来事を伝えて、ふたりまで夏樹くんと相容れなくなったら、と思うと躊躇(ためら)ってしまう。

 そうしたら、夏樹くんとは敵対していくことになる。3人がそうならわたしも追従(ついじゅう)するしかなくなる。

 彼のしたことは、簡単には許せない。
 けれど、みんなが分裂(ぶんれつ)してばらばらになってしまうのは嫌だ。

 残機に余裕のなくなった夏樹くんは、このまま死ぬくらいなら、と捨て(ばち)になってあんな行動に及んだのかもしれない。

 もう助からないのだと諦めて、それならとことん嫌がらせして妨害してやろう、と考えて。

 だとしたら、別に悪に染まったわけじゃない。
 おかしくなったわけでもなくて、ただ単に心が弱かっただけだ。恐怖に押し潰されて負けてしまっただけ。

 行動は異常と言わざるを得ないものの、そういう心の動きは理解できなくもない。肯定するつもりはまったくないけれど。

 それなら、やっぱり対立するべきじゃない。
 いや、そうじゃなくても本来はそうだ。同じ立場にあるわたしたちは、協力するべきなんだ。



「……本当信じらんない。残機、あと2なんでしょ? さっさと殺されて死んでよ」

 ふたりの口論の中、一際(ひときわ)それがはっきりと聞こえた。
 はっと我に返る。

「おい、柚。乾も……何があったんだ」

 さすがに高月くんが割って入った。
 険しい表情を変えないままこちらを一瞥(いちべつ)した柚は、腕を組み直して()るように夏樹くんを捉える。

「昨日……こいつに殺されたの、あたし」

 朝陽くんが「え」と驚きを(あらわ)にし、高月くんも目を見張った。

「それで、ほら見てよ! 残機も減っちゃった」

 ばっ、と袖を捲り上げて腕を掲げる。
 そこには3本の切り傷が刻まれていた。確かにわたしと同じように、ひとつ減っている。
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