惨夢

「…………」

 わたしは思わず自分の左腕を強く握り締めた。

「何でだよ……。夏樹」

 心底戸惑ったように朝陽くんが尋ねる。
 それでも彼はやっぱり、余裕と開き直った態度を崩さなかった。

「ムカついたからだけど、何か悪い? 夢の中でならいくらでも()さ晴らしできるじゃん。死ぬまでだけど」

 へら、と軽薄(けいはく)な笑みをたたえている。
 それに触発(しょくはつ)されたのか、柚がまた髪を逆立てた。

「ふざけないでよ! 何であんたに殺されなきゃなんないわけ!?」

「だからさ、ムカついたからだって。どうせこのままじゃ真っ先に俺が死ぬじゃん。ちょうどいいから道連れにしてやろうと────」

「勝手なことしてんじゃないわよ! あたしたちは真面目に終わらせる方法考えようって進んでたのに……っ」

「聞けよ、最後まで。いちいちうっせぇな」

 うっとうしがるような口調でおざなりに夏樹くんが言った。

 どう見てもいつもの彼とは様子が違っていて、わたしたちだけでなく柚も口を(つぐ)んだ。
 気圧(けお)されて従ったというより、困惑している部分の方が大きい。

「で、道連れにしてやろうと思ったんだよ。正直もうやけくそだったし、おまえに関してはマジで仕返しでしかなかったけど」

 柚に言ったあと、夏樹くんは身体をこちらに向けた。

「でもそしたら、これだよ」

 そう言うと、袖まくりをした腕を上げて見せる。
 そこには残機である切り傷が刻まれているのだけれど、あまりに予想外なものだった。

「え……?」

 昨日の時点で2本しかなかったはずの赤い線が、今は4本にまで増えているのだ。

「どういう、こと?」

 浮かんだままの疑問が口をついた。
 さすがの柚も驚愕(きょうがく)に飲まれ、噛みつく気力をなくしている。

「誰かを殺せば相手の残機を奪えるんだよ!」

 その意味を理解した途端、目眩(めまい)がした。
 愕然として目の前が暗くなる。

 残機を増やす方法があればいい、とは思っていた。それは希望になりうると信じていた。

 そんなことはまったくなかったのだ。
 “誰かを殺すこと”が条件なら、それを奪うという形なら、最悪でしかない。

 これでは、わたしたちの中で殺し合いが始まってしまう────。
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