惨夢

 怖くなって、慌ててスマホの電源ボタンを押した。
 スリープではなく電源ごと落とした。

 凍えるように落ち着かない呼吸を繰り返し、震える両手を握り締める。

「……びっくりした。こんなことあんだ」

「もー、マジ勘弁して欲しいよ。そういう怪奇現象は夢の中だけで十分だっての!」

 朝陽くんがこぼすと、頭を抱えた柚も嘆いた。
 白い手、臓物(ぞうもつ)、偽物の朝陽くん……ああいう目に遭っているのはわたしだけじゃないみたいだ。

「どんなことが起きたの……?」

「え? んーと、たとえばトイレの個室一面に大量のお札が貼ってあったり、理科室で人体模型に追い回されたり」

「人体模型に? 捕まったらそれも殺されるのか?」

 高月くんが口を挟んだ。
 柚もなかなかハードな現象に見舞われている。

「分かんない、捕まったことないし。でも化け物とはちょっと違う感じ。追ってくるのは理科室の中だけで、目合わせとけば動かない」

「だるまさんが転んだ的なこと?」

「そうそう! だからひとりだと鍵探すのもひと苦労だったよ」

 想像して苦い気持ちになった。
 それを聞いてしまうと、鍵が開いていても、あるいは鍵を見つけても、理科室にはあまり近づきたくなくなる。

 暗転したスマホに目を落とした。
 怖い思いをしたけれど、今は逆に助かったかもしれない。

 夏樹くんから意識が逸れて、柚が普段通りの調子に戻ってくれた。

「あ……脱線したね。メモだっけ。俺も見つけたよ」

「あー、そうだ。ごめんごめん。あたしも」

「もしかして全員か? 僕も見つけた」

 それぞれがスマホを取り出す。
 意外ではあったけれど、喜ばしい展開だった。メモは言わばヒントだし、多く見つかるならそれに越したことはない。

「さっきみたいなのやめてよー?」

 柚が自分のスマホに言い聞かせ、それから写真を開くと机の上に置いた。ふたりも追随(ついずい)する。

 “嘘つき”。
 “おまえも同じ目にあえばいいんだ”。
 “許さない”。

 それぞれそんな内容だった。
 過去に見つかったメモと照らし合わせると、何となく事情を推し量れそうな気配がある。

 昨日の仮説通りなら、やるべきは白石芳乃の死にまつわる真相を導き出すことだ。
 積極的に考えていかないと。

「白石芳乃は殺されたとして……その“裏切り者”が犯人ってことかな?」

 ほとんど確信を持って口にしたものの、即座に別の可能性が湧いた。
 そしてそれを高月くんが口にした。

「その可能性が高いけど、そうとも限らない。殺しそのものはいじめの加害者がやったのかも。故意かどうかは別として」

 いじめが度を越して、結果的に白石芳乃が命を落とす羽目になったのかもしれない。

「てか、そもそも“裏切り者”といじめっ子が別とは限らないでしょ。同一人物かもよ」

 そんな柚の指摘は正しいと思った。

 たとえばもともとは友だちだった相手が、ある日を境に白石芳乃をいじめるようになった可能性がある。

 その場合、それは彼女にとっては裏切り行為と言えるだろう。“裏切り者”と呼ぶのは自然だ。
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