惨夢

「何にしても、犯人を突き止めればいい、ってことで合ってる?」

 誰にともなく朝陽くんが尋ねる。
 難しい顔で「恐らく」と高月くんは頷いた。

「うーん……」

 柚は腕を組み、長々と息を吐き出すようにうなる。

「厳しいよね。俺ら、白石芳乃と知り合いなわけでもないし」

 朝陽くんの言う通りだ。わたしも困り果ててしまう。

 犯人なんて、正直分かるはずもない。
 そもそもわたしたちは白石芳乃という人物を知らないのだ。
 入学後、生徒が飛び降りたなどという話も聞いたことがない。

「そういえば、それっていつの話なの? 白石芳乃が亡くなったのって」

 ふと思い立ってそう尋ねると、高月くんはいっそう眉間のしわを深めた。
 ふらりと視線を逸らして落とす。

「……10年前」

「10年!? そんなん尚さら知るわけないじゃん!」

 柚が(わめ)いた。
 わたしたちが白石芳乃を知らないのは当然のことだったのだ。

 ただ、何にせよ彼女が屋上から落ちて亡くなっているという事実は変わらない。
 いじめを受けていた、というのは憶測だけれど。

 どの記事も“不明”と濁して原因を明言していないのは、学校側がそれを隠蔽(いんぺい)したからかもしれない。
 その可能性はありそうなものだった。

「でも、じゃあ……たとえばいじめてた奴らが犯人だったとしたら、当時の同級生を当たって探せばいい?」

 朝陽くんが小首を傾げる。
 目の前に高い壁が立ちはだかっても、思考を放棄(ほうき)しないでくれたことにほっとした。よかった。

「無駄じゃないか? 10年も黙ってた加害者が今さらいじめてたことを認めるわけない」

「ま、いじめっ子が犯人じゃなくてもね。同級生とか先生とかの中に犯人がいるならさ、なに聞いたってそいつも正直に言うはずない」

 柚が口をへの字に曲げ、腰に手を当てる。
 ふたりの反論はもっともだけれど、だったらどうすればいいのだろう?

「“裏切り者”……」

 顎に手を当てて考え込み、呟くように言った。

「“裏切り者”ねぇ。……それ言うなら夏樹でしょ」

 わたしの言葉を繰り返した柚は、再びそう気色(けしき)ばんだ。
 話題が一周してしまった。行き詰まったせいで。

 焦りが込み上げ、何か言おうと顔を上げたとき、図らずも唐突にひらめきが降ってきた。

「“人殺し”っていう“裏切り者”は……わたしたちの中にいるのかも」
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