惨夢

 素早く飛び込み台から下りた柚が、しっかりと構えるようにして立つ。

「あ、あんた……本当に願い叶えてくれるの?」

 怯みながらも毅然(きぜん)とした態度で言い放った。

 誰もが緊張した面持ちで、慎重に動向(どうこう)を窺っている。

 にわかには信じられない。
 けれど目の前にいる霊の姿を目の当たりにした以上、疑いの余地もない。

 彼女がゆっくりと顔を上げる。
 ぽた、ぽた、と髪の先や服の裾から雫が落ちていく。

「!」

 射るような鋭い眼差しがこちらを捉えた。

 一瞬にして皮膚が粟立(あわだ)つ。
 彼女に()めつけられた瞬間、凍りつく背筋。

 ────ふっと霊が消え去った。

 はっとして、そこでやっと息苦しさから解放される。
 無意識のうちに呼吸を止めていたようだ。

「消えた……」

 おっかなびっくりといった様子で夏樹くんが呟く。
 その声は掠れてしまっていた。

「……ちょっと、嘘でしょ? 願いごとは?」

「もうそれどころじゃ────」

「おい……。あれ」

 思わず柚に反駁(はんぱく)しかけたものの、高月くんの強張った声が響いて口を(つぐ)んだ。

 彼はどこかを見上げ、指をさしている。

 その先は校舎の屋上。
 そこに小さな人影があった。

「あれって……」

 先ほどの霊だ。
 遠いけれど直感的にそれが分かった。

「何なの?」

「何であんなところに……」

 それぞれが戸惑いを口にする。
 瞬いた隙に彼女の姿が刹那(せつな)、途切れるように消えた。

 次の瞬間には、その身体が宙へと投げ出されていた。

「あ……っ」

 突然のことにおののき、その場に縫いつけられたように硬直してしまう。
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