惨夢
差し出されたのははさみだ。
「心もとないけど護身用に。家庭科準備室の鍵が手に入ったら包丁に替えればいい」
そう言われ、昨晩のことが蘇ってきた。
左胸に沈み込む、冷たい感触とあの激痛。
「何、を……」
「いざというときは殺せ。乾でも、柚でも」
「え……っ!? そ、そんなことできるわけない!」
「やるしかないだろ。成瀬の言う通り、残機に余裕がないんだ。綺麗ごとばかりも言ってられない」
どく、と強く打った心臓が痛かった。今は刺されていないはずなのに。
高月くんほどの冷徹さを、わたしは持ち合わせていない。だからそう簡単には割り切れないし、受け入れられない。
でも、思考は混乱に飲まれきってはいなくて、彼の言葉の意味をちゃんと理解していた。
柚は夏樹くんへの報復、それと残機の奪還、夏樹くんは奪った残機の保持(むしろ増やす)をそれぞれ目論んでいるとすると、果たすまでわたしたちとは協力しないだろう。
それどころか、邪魔をしてくるはずだ。というより、わたしたちまで餌食になる可能性がある。
特に夏樹くん。もし彼が見つけるなり奪うなりして屋上の鍵を手に入れてしまうと、最上階で待ち伏せて、自分たちに襲いかかってくるかもしれない。
残機は5以上増やせるのかもしれない。
残機を増やしたって根本的な解決にはならないと分かっているはずだけれど、きっと誰より残機に囚われているのは彼だ。
目先の“生”に縋って執着しても無理はない。
「…………」
渋々、はさみを受け取った。
もし使うとしたら本当に“いざというとき”だけだ。身を守るためにやむを得ないときだけ。
「またあとで。気をつけろよ」
「……ありがとう。高月くんも」
あたりを警戒しながら廊下へ出る。
ぎゅ、とはさみを握り締めた。どうか、使わなくても済みますように────。