惨夢
ものすごい速さで落下していった彼女は、しかし地面に叩きつけられる寸前で再び消えた。
「え?」
「何あれ……」
「どういうこと?」
誰もが困惑の表情をたたえる。
笑い飛ばそうとした柚でさえ、その口元を引きつらせていた。
──キーンコーンカーンコーン……
不穏な空気を割るように、突如として鳴り響いたチャイム。
ノイズ混じりの不気味な音に、びくりと肩が跳ねる。
ほかのみんなも驚きと戸惑いが隠せない様子だ。
「え、チャイム……?」
「どうなってるの?」
「深夜だし止められてるはずなんだがな」
「しかも変な音だったよ!?」
「もう勘弁してくれよぉ」
嘆いた夏樹くんが項垂れる。
幽霊を見てしまった、それだけでも計り知れないほどの衝撃なのに、奇妙な現象が立て続けに起きて混乱を極めているのだ。
わたしだって例外じゃない。
「……マジだったってこと? あの怪談」
朝陽くんが柚に尋ねる。
「分かんない。てか、霊が屋上から落ちてくるとかチャイムが鳴るとか、そんなのどこにも書いてないし」
「じゃあ僕たちは別の何かに巻き込まれたのか?」
「知らないよ! あたしが聞きたい」
想定外の状況に陥り、余裕を失った柚は高月くんに八つ当たりでもするかのような態度で返した。
「ねぇ、もう帰らない……?」
おずおずとわたしは口を開く。
泣きそうなほど不安気な表情をしていたと思う。
「俺も賛成! これ以上はもう絶対やばいって!」
勢いよく立ち上がった夏樹くんが手を挙げて賛同してくれる。
後戻りできなくなりそうな、何かとんでもないことが待ち受けていそうな、嫌な予感が轟々と胸の内を渦巻いていた。
「えー、むしろこっからでしょ」
さすがに同調してくれると思ったのに、柚はそんなことを言い出した。
反対されると反発したくなる、天邪鬼な一面が今は明らかに災いしている。
「柚」
「だってこんな面白いことってなくない? 例の怪談だろうが別の怪談だろうが気になるでしょ?」
「……どうする気?」
「見に行ってみようよ、放送室」