惨夢
「それ、は……」
咄嗟に口を開いたものの、言葉を見つけられずに結局噤むほかなかった。
わたしは恐れていた。
昨晩の柚の態度、主張、出来事すべてを打ち明けて、朝陽くんや高月くんまでもが豹変してしまったら、と。
本来の目的を忘れて、目先の利益を追いかけるようになってしまったら。
つまり、悪夢を終わらせる方法を考えることを二の次に、残機を増やすことだけに囚われてしまったら。
地獄だ。
誰も信用できない、ただの殺し合いが始まってしまう。
「大丈夫だから、正直に言って」
諭すように朝陽くんが言ってくれる。
半ば懸けるような思いで、わたしは小さく頷いた。
「……わたしが死んだのは本当に間に合わなかっただけなの。ただ、その前に……非常ベルが鳴る前に、柚に会って」
「襲われたのか?」
「違う。夏樹くんを知らないか、って。包丁持ってて」
返り血を浴び、殺意を滾らせながら徘徊していた柚。
彼を切りつけたけれど殺し損ねて、とどめを刺すために探し回っていた。
「止めようとしたんだけど、だめだった。そしたら何かもう……力抜けちゃって」
力なく笑うものの、頬が重たくてうまく持ち上がらなかった。
泣きそうになる。柚が変貌してしまったことと、友だち同士で殺し合っている現状へのショックがあまりに大きくて。
「……そっか」
労るように言った朝陽くんが目を伏せる。
高月くんは何も言わずに柚と夏樹くんの方を振り返った。
「……柚は、目的果たしたっぽいな」
ぽつりと呟かれた言葉に顔を上げる。
(そう、なのかな……)
残機を確かめれば一目瞭然だけれど、今は話しかける勇気が出ない。近づくことさえ躊躇われる。
だけど、言われてみればそんな気がしてきた。
昨日ほど殺気立っていないし、露骨に争っている様子もない。
でも、明らかに亀裂が入っていて、底が見えないほど溝は深まっている。
柚が夏樹くんを殺したとすると、昨晩死んだのはわたし、朝陽くん、高月くん、夏樹くんだ。
彼女が残機を取り返したのなら、恐らくふたりの残機数は入れ替わっている。
現状、それぞれの残機は、わたしが1、朝陽くんが2、高月くんも2、柚が4、夏樹くんが3ということになる。
(昨日、屋上を開けたのは……夏樹くん?)
非常ベルが鳴った時点で、既に朝陽くんは亡くなっていたはずだ。
わたしと高月くんは1階にいて、さらに柚とも別れてすぐだった。
タイミング的に、消去法で夏樹くんということになる。
でも、それから殺されてしまったんだ。出口を目の前にして、あと一歩のところで。
首に深い傷を負っていて、動きが鈍っていたのかもしれない。
もしくはドアを開けて力尽きてしまったのかも。
いずれにしても、柚の執念が勝ったんだ。