惨夢

「わたし、夏樹くんと話してみる」

 顔を上げて、毅然(きぜん)と言ってみせた。
 ふたりからは驚愕(きょうがく)の視線が返ってくる。

「やめといた方がいい。下手に刺激して反感買ったら、今夜また狙われる」

「そうだよ、わざわざ危ない橋渡ることないって。もし殺されたら……」

 反対されるだろうことは予想していたものの、その理由は少し意外なものだった。

 どうせ話なんて通じない、分かり合えない、という頭ごなしな否定ではなくて、わたしの身の安全を心配してのことだ。

 ありがたいと思う(かたわ)ら、よかった、と正直ほっとしてしまった。

 ふたりともがそう言ってくれるのなら、これ以上こじれることはきっとない。
 彼らが私利に走ることも、豹変してしまうこともないはずだ。

 それが分かると、意思を貫くことへの躊躇いを捨てられた。
 迷いなく先を続ける。

「そうならないために話しておきたいの。あとがないからこそ、協力しなきゃ」

 それ以上、ふたりから反論は出てこなかった。
 朝陽くんは、けれど不安が拭いきれないような表情で、高月くんは諦めて割り切ったような様子で、ひとまず黙り込んでいる。

「……まあ、どのみち3人では厳しいか」

 ややあって高月くんがこぼした。
 鍵を探すのも、“裏切り者”を特定するのも、ということだろう。

「じゃあ行ってくるね」

 がた、と席を立った。

「俺も行こうか?」

 すかさず朝陽くんが言ってくれるけれど、首を左右に振る。

「大丈夫、ありがとう。待ってて」



     ◇



 意を決して夏樹くんの席に歩み寄ったはいいものの、なかなか声をかけられないでいた。
 とにかく尋常ではないように見えて怯んでしまう。

 ガリ、ガリ、と噛むたび爪が音を立て、指先には血が滲んでいる。
 視線を宙に彷徨わせ、(せわ)しなく瞬きを繰り返していた。

「……夏樹くん」

 たまらなくなってそう呼びかけると、はたと彼の動きが止まる。
 恐る恐るといった具合で顔を上げた。時間をかけて、その焦点(しょうてん)がわたしに定まる。
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