惨夢
「……何だよ」
落ち着かない呼吸を繰り返しながら、絞り出すように言った。
昨日のような、傲慢で開き直った態度じゃない。
見るからに怯えていて、前面に出している不信感を隠そうともしていなかった。
「ちょっと話があるの。来てくれないかな」
「なに……? 何で?」
いっそう眉根に力を込める。警戒心を強めたのか、動こうとしてくれない。
でも、ちょっと意外だった。
無視されるか、まったく聞く耳を持たれずに拒絶されることも想定していただけに、これでも十分な反応が返ってきたと感じられる。
わたしは袖を捲り、左腕を差し出した。
刻まれた傷は1本だけ。それを見た彼が、はっと目を見張る。
「おまえ、それ……」
「うん、実はもうかなり追い詰められてて」
肩をすくめてやわく笑った。
深刻にならないようにしようと思ったのに、こういうときは笑うと逆効果なのかな。うまく笑えない。
衝撃を受けたように揺らいでいた彼の瞳に、また警戒するような色がさした。
「……だから何だよ。俺を責めに来たのか?」
「違うよ、そんなんじゃない」
そんなふうに受け取られるとは思わず、少し焦ってしまう。
けれど、よく考えたらわたしが気後れする理由なんてなかった。
「わたしは、みんなで協力して悪夢を終わらせたいと思ってる。そのために話がしたいの。夏樹くんも、話したいことあるんじゃない?」
「…………」
彼は吟味するようにしばらく黙り込んだ。
睨みつけるみたいだった目つきから、だんだん鋭さが抜け落ちていくのが見て取れる。
凝り固まった猜疑心を表面から削ぎ落とし、砕いて手放していっているようだ。
最後には不安そうな色だけが残った。
「……分かったよ。手短にしてくれよな」
渋々といった感じは否めないながら、ようやく席を立ってくれた。
とりつく島がないわけではやっぱりなかったのだ。
内心ほっとしながら頷いて答えると、わたしたちは廊下へ出た。