惨夢
教室から少し離れ、西階段の前まで来た。
突き当たりの壁には窓があって、その下に背もたれのないベンチが設置されている。
前を歩いていたわたしが先に腰を下ろすと、夏樹くんは並んだもうひとつのベンチの方に少し離れて座った。
どことなく出方を迷っているような、自信なさげな横顔を見やる。
まず何から切り出そうか、なんて考えているうちに、彼が口を開いた。
「……ごめんな」
あまりに予想外のひとことに「えっ」と思わず正直なリアクションをしてしまう。
まじまじと夏樹くんを見つめた。
「俺のせいだろ、それ」
ちら、と左腕に視線を寄越される。残機のことを言っているのだ。
「てか、今の状況も。ぜんぶ俺のせいだ」
何か吹っ切れたのか、態度が一変した。
わたしを追い詰めた一因は自分だと、和を乱すきっかけを作ったのは自分だと、素直に認めるつもりのようだ。
最初にしおらしく謝ってくれたことからして、意外ではあったけれど嬉しい変化でもあった。
「夏樹くん……」
「情けないよな。それでも、俺を殺してくれ、とは言えなくて。マジで最低だわ、俺」
自嘲するように笑った夏樹くんだけれど、その表情はどこか泣きそうにも見えた。
彼もまた、今はうまく笑えないみたいだ。
ふと、昨日の帰り道、朝陽くんが言ってくれたことを思い出す。
『今夜、夢で俺のこと殺していいよ』
彼はいったい、どれほど強い覚悟を持っていたのだろう。
“優しい”なんて言葉じゃ言い表せないくらいあたたかい。気にかけて、大事に思ってくれている。
「……どうかしてた。頭に血上って、気づいたらあんなこと」
柚やわたしを殺した理由は、昨日言っていた通りなのだろう。
残機が立て続けに減ってすっかり冷静さを欠き、図らずも柚が追い打ちをかけてしまった。
それで、感情的かつ捨て鉢な行動に出たのだ。
「昨日、柚に殺されたのも……自業自得だよな。ああなって当たり前のことしたんだし」
「……なら、もうやり返したりしない?」
半ばそう祈るような思いで確かめる。
夏樹くんは静かに、だけどしっかりと頷いてくれた。
弱くて、臆病で、だからこそそんな自分の一面から目を背けて逃げようとしていた彼。
壊れないように必死で正当化していたけれど、本当は間違っているということに、ちゃんと気づいていたんだ。