惨夢

 先ほどまでの恐れはどこへやら、打って変わってあっけらかんと楽しそうに言う。

 彼女の持ち合わせた底知れない好奇心に突き動かされているのだろう。

「おいおいおい……本気で言ってんの?」

 夏樹くんが露骨(ろこつ)に嫌な顔をした。
 わたしもその気持ちは分かる。

 夜の校舎に足を踏み入れるというだけでも恐ろしいのに、先ほどの光景が頭をちらついて。

 もしかしたらあの幽霊がどこかで待ち構えているかもしれない。
 あの憎々しげな目が焼きついて離れないのだ。

「嫌なら帰れば?」

「はっ? ひとりで? 無理に決まってんだろ!」

「というかそもそも入れるのか?」

 唯一冷静な高月くんが校舎の方を示しながら指摘する。

「確かに鍵かかってるはずだよね」

 朝陽くんもそう言ったけれど、柚は微塵(みじん)も動揺していない。

「フェンスの南京錠みたいに開くかもよ。試すだけ試してみよ」

 軽やかな足取りで先陣を切って、更衣室の方へと向かう。

 わざわざフェンスを潜って引き返し、正面玄関から入るのは手間だと判断したようだ。
 更衣室が開かなければそちらを試すのだと思うけれど。

 柚が何の躊躇(ためら)いもなく女子更衣室のドアノブに手をかけた。

「え、そっち女子更衣室じゃん」

「あたし女子だもん。気になるならあんたは男子更衣室から来れば?」

 戸惑う夏樹くんに淡々と返す。
 彼はまたしても青ざめた。

「だからひとりでは無理だって! なあ朝陽、一緒に行こ」

「やだよ、めんどくさい。どうせ合流するんだから二度手間じゃん」

「朝陽ぃ……!」

「別にどっちとか関係ないだろ、今から着替えるわけでもないんだし」

 困ったように笑う朝陽くん。
 彼にまで振られた夏樹くんは涙目だ。

 ……何だろう、怖いのに何だか緊張感を忘れそうになる。
 思わず苦笑いがこぼれた。

 じっと手元を見下ろしていた柚が、もったいつけるようにゆっくりとドアノブを回す。

 そのまま奥へ押すと、ドアは微かに(きし)んだような音を立てながらも抵抗なく開いてくれた。

「開いた……!」
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