惨夢
険しい表情を浮かべたまま、彼は目を伏せる。
「それこそ“殺す”とか……そんくらいのこと必要なんじゃね?」
「えっ!?」
「だってさ、知らないうちに幽霊が紛れ込んでるってそれだけで怪奇現象じゃん! それって、化けもんが……白石芳乃が何かしてるってことだろ?」
なんて突飛なことを言い出すのだろう、と思ったけれど、妙に納得してしまったのもまた事実だった。
「た、確かに……。白石芳乃自身は犯人が誰なのか分かってるんだもんね。わざわざわたしたちに当てさせる意味なんてないかも」
「だよな!? その点“見つけ出して殺す”って条件ならさ、何となく分かる気がする。復讐、みたいな」
その可能性に信憑性と説得力が増していく。
白石芳乃は“裏切り者”をわたしたちの中に紛れ込ませ、わたしたちに殺させようとしている。
何度も何度もこんな悪夢を繰り返しているのなら、犯人すなわち“裏切り者”は何度も何度も殺されているのだろう。
そうやって殺し続けることが、白石芳乃の犯人に対する復讐なのだ。
自分の手でも、仲間(厳密には違うけれど)の手でも、死してなお何度も手を下すことで苦しめ続けている。
◇
「本っ当にごめん……!」
1時間目が終わって休み時間に入るなり、夏樹くんは真っ先に柚の元へ向かった。
机に頭を打ちつけるんじゃないかと心配になるくらいの勢いで、ばっと頭を下げる。
「…………」
柚は呆気にとられたようにその後頭部を眺め、ぽかんと口を開けている。
突然のことに理解が追いつかないようだ。
「な、なに急に……」
「冷静になって考えたら、許されないことしたって気づいて。だから、とにかくごめん」
そろそろと頭を上げかけた夏樹くんは、申し訳なさそうに再び腰を折った。
朝陽くんと高月くんは成り行きを見守っている。
わたしも慎重に動向を窺った。
戸惑いに明け暮れていた柚は我を取り戻すと、反射的に怒ろうとして、だけどその前に力が抜けたようだった。
その顔からだんだん毒気が抜けていき、やがてため息をついて夏樹くんを見下ろす。
「……分かったから、もう顔上げてよ」
完全に元通りとはいかないまでも、憎しみを募らせていた昨日とは明らかに違う声色だった。
言われた通りに頭をもたげた夏樹くんは、窺うような眼差しで柚を見やる。
彼女は居心地悪そうに、腕を組んだままそっぽを向いた。
「……あたしも、ごめん。むきになって、あんたのこと殺した」
はっとしたのは夏樹くんだけじゃなかった。
それから、安堵の息をつく。
ふたりの間に切り込まれていた亀裂や溝が埋まって、なだらかにならされていく。
それが見て取れた。
(わたしの知ってる柚だ)
意地っ張りでなかなか強情なのだけれど、相手が折れたり正直になったりすると、つい素直になって同じだけの真心を返す性分。