惨夢

「何で開くんだよ!」

 夏樹くんが(わめ)く。

 ドアが開かずに諦めて帰る、という流れを期待していたようだったけれど、それは見事に打ち砕かれた。

「やっぱあたし運いいわ! 行こ行こ」

 鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌になった柚が更衣室へと足を踏み入れた。
 (おく)することなく突き進んでいく。

 頭を抱えた夏樹くんも、渋々といった様子でそれに追従(ついじゅう)する。

「……こっちは開かないな」

 いつの間にか男子更衣室のドアノブを(ひね)っていた高月くんが呟いた。

 ということは、どのみち女子更衣室側からしか入れなかったようだ。
 彼もふたりのあとに続いて中に入っていく。

「…………」

 重たい鉛でもくくりつけられているみたいに、わたしの足は動かなかった。

 眉を寄せ、フェンスの方を見やる。

「どうかした?」

 先に歩き出していた朝陽くんがこちらを振り返った。

「あ、うん……」

 ぎゅ、と自分の両手を握り締めて俯く。

「何か、やっぱりおかしいよね?」

「おかしい?」

 推し量るようなトーンで彼はわたしの言葉を繰り返す。

「あのフェンスの鍵も更衣室の鍵もこんな都合よく開いてるなんて」

 言っているうちに不安感がますます色を濃くしていった。
 視線を落としたまま呟く。

「まるで誘い込まれてるみたい……」



     ◇



 更衣室を抜け、渡り廊下に出る。

 示し合わせたわけではないけれど、わたしたちは足を止めていた。

「開いてる」

 平板(へいばん)な声で高月くんが言う。
 淡々と、見たままの光景を。

 渡り廊下と校舎を繋ぐドアがなぜか開け放たれていた。

 それが自然だとでも言うように、ぽっかりと口を開けてわたしたちを(いざな)っている。

 少し冷たい夜風が吹き抜ける。
 何となく()かされているような気持ちになった。

「ラッキー! ちょうどいいじゃん」

 柚だけが意気揚々としている。

 ここで足止めを食らうかと思ったものの、どうやらそんなことはなく、進むしかなさそうだ。

 戸枠の向こうに伸びている廊下は真っ暗で、消火栓の赤い表示灯だけが煌々(こうこう)と光っていた。
 まるで化け物の目みたいに不気味だ。

「マジで入るの……? もうやだ、帰りたい」

「何びびってんのよ。ただの学校じゃん、夜ってだけで。こんなの電気つけたら何にも────あれ?」
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