惨夢
例によって怯える夏樹くんに平然と返した柚が首を傾げた。
かち、かち、と照明のスイッチを押すけれど、何の反応もないみたいだ。
「おい、柚……。そういうのもういいから、さっさとつけてくれよ」
「違うって。ガチでつかないの!」
ふたりのやりとりを受け、わたしたちも校舎内に足を踏み入れる。
その瞬間、ぞく、と背中を這う冷たい何か。
重たい空気は尖っていて、針のむしろでも押し当てられているかのようだ。
「本当につかないな」
スイッチを何度も押して試した高月くんが不思議そうに言う。
そのとき、奇妙な音を耳が拾った。
──ガッ……
「……何の音?」
何か石のような硬いものが落ちたような感じだ。
訝しみながら辺りを見回した瞬間、ぐら、と足元が傾いた。
「うわっ」
「え、何……!?」
ゴォォ! という地鳴りとともに視界が大きく揺れる。
壁に手をついていないと、まともに立っていることもままならないほど。
「地震!?」
轟音を伴って激しい揺れが続き、とうとう平衡感覚を失ったわたしはその場にへたり込む。
「花鈴……!」
誰かの手が背中に触れた。
驚いて顔を上げると、屈んだ朝陽くんと目が合う。
戸惑ったけれど、そのことに意識を割く余裕はなかった。
床についた手を支えにして耐える。
彼はもう片方の手で壁の出っ張りを掴んでいた。
それからほどなくして徐々に揺れが小さくなっていき、やがて完全におさまった。
だけどまだ視界がぐらぐらしている。
目が回ってしまったみたいに。
「……あー、もうびっくりした。いきなり何?」
「すごい揺れだったな。震度5強くらいはありそうだ」
「うそ! こんなときに……やばいじゃん」
柚がスマホを取り出した。
液晶の光が暗闇を割り、彼女の顔を白く照らし出す。
「……大丈夫?」
する、と朝陽くんの手が離れていく。
「あ、だ、大丈夫! ありがとう」
そんな場合じゃないと分かっていてもどぎまぎしてしまった。
高鳴る心音は先ほどの地震のせいだと思うけれど、それさえ勘違いしそうになる。
『花鈴……!』
咄嗟に呼んでくれた名前。
背中に添えてくれた手も、わたしを動揺させるには十分すぎて。
「ねぇ、待って……」
強張ったような柚の声に、意識が現実へと引き戻される。
彼女は戸惑いが隠せない様子でスマホの画面をこちらに向けてきた。
「圏外なんだけど」