惨夢
最終夜

 深い闇の底へ落ちて、沈んでいく。
 前も後ろも右も左もない果てしない暗闇が、わたしを飲み込む────。

『死ね』

 耳元で白石芳乃の声がした。

「……っ!!」

 はっと一気に意識が覚醒する。
 気道を空気が通り抜け、息が止まっていたことに気がついた。

「はぁ……はぁ……」

 肩で大きく呼吸する。
 知らないうちに滲んでいた冷や汗を拭う。

 それから胸に手を当てた。
 どく、どく、と速く打つ心臓。その音と振動を掌越しに確かめ、思わず呟く。

「生きてる」

 それは間違いなく、みんなのお陰だった。

 死は依然(いぜん)として後ろ髪を捉えたままだけれど、昨晩を生き延びられたのは、紛れもなくみんなの助けがあったからだ。

 その事実を噛み締めると、涙が込み上げてきた。
 視界が光で満たされていく。

『今夜を最後にはさせないから』

 みんなが、わたしの命を繋いでくれたんだ。



     ◇



 今日は日曜日。普段なら嬉しい休日だけれど、今は(わずら)わしかった。
 会って色々話したいのに、約束をとりつけないといけない。

 スマホを取り出すと何件かメッセージが来ていた。
 通知の一番上をタップする。柚だ。

【花鈴、生きてるよね?】

【おはよう、大丈夫だよ】

 そう返すと、すぐに既読がついて、立て続けに「よかった」と安堵してくれる内容のメッセージが届く。

 そんなに心配してくれていたんだ、と正直嬉しくなった。

【どこかで集まれないかな】

【夏樹が部活らしいから学校でいいんじゃない? 自習する人のために教室も開いてるらしいし】

【わかった。今から行くね】

 柚とのやりとりを終え、大急ぎで支度を整える。

 ほかにも朝陽くんやみんなからメッセージが届いていたけれど、一刻も早く会いたい気持ちが(まさ)って、返信するより先に家を出た。



 教室には既に4人の姿があった。ほかに人はいない。
 夏樹くんは結局、部活には行っていないようだ。それどころじゃないと判断したのかも。

 中へ入ろうとしたとき、はっとした表情の彼らと目が合う。

「お、おはよう」

 視線を一身に浴びてたじろぎつつも笑いかけると、弾かれたように朝陽くんが動いた。

 目の前まで来た彼は、そのままわたしの方へ手を伸ばす。
 気づいたら、わたしは朝陽くんの腕の中にいた。

「え……っ」

 あまりにびっくりして、目を見張ったまま息が止まる。
 抱きしめられている、と認識した途端、鼓動が加速していった。

「……よかった。無事で」
< 157 / 189 >

この作品をシェア

pagetop