惨夢

 囁くように彼が言う。
 柔らかい髪に、声色に、撫でられた耳がくすぐったい。

 ぎゅう、とますます強く抱きすくめられ、心が締めつけられた。
 身じろぎできないまま、揺れる感情に戸惑うことしかできない。



「はいはい、こんなとこでいちゃつかないでよ」

 手を叩きながら柚に言われ、はたと意識が現実に引き戻される。

 その瞬間、彼らの視線に気づいた。かぁ、と頬が一気に熱くなる。

「な……違うって! 俺は────」

「いいよ、誤魔化さなくても分かってるから」

 にやにやと頬を緩めながら、ばしっと朝陽くんの背中を叩く柚。

 焦ったように彼の手が離れていく。
 それが惜しいように感じられて、欲張りになっていることを自覚すると余計に恥ずかしくなった。

「でも実際、本当よかったよ! 花鈴、生き延びられたんだね」

 柚に眩しいくらいのあたたかい笑顔を向けられる。

「やるじゃん、おまえー。花鈴のこと守りきったんだな」

 今度は夏樹くんがにんまりと笑いながら、朝陽くんの肩に腕を回した。

「……まあ、何はともあれ確かによかった。また全員で顔合わせられて」

 いつもは表情の薄い高月くんの顔も、今はほっとしたように少しだけ(ほころ)んでいる。

 ────昨晩の夢を生き延びたのは、わたしだけだった。

 柚は(おとり)になって殺され、高月くんは鍵を見つけたものの捕まって死亡。
 夏樹くんは命懸けで鍵を回収した結果殺されて、朝陽くんは屋上を開けるわたしを庇って命を落とした。

「……みんな、ごめんね」

 わたしが犠牲を()いてしまったようなものだ。
 彼らの死の上で、わたしは今日を生きている。

「そこは“ありがとう”って言って欲しいけど」

 不満そうに口を(とが)らせ、柚が言う。
 それでいてまんざらでもなさそうな表情だった。

 みんなも同じだ。
 誰ひとりとして昨晩の結果を後悔していない。

「ありがとう」

 今朝以上に深く噛み締めながら、わたしは告げた。
 滲んだ涙で目の前が揺らいだけれど、精一杯の笑顔をたたえる。

 迷いのない頷きや微笑みが返ってきて、いっそう泣いてしまいそうになった。

(……わたし、生きててよかった)

 心の底から安心感が流れ出し、ありがたいと思う気持ちや仲間意識を押し上げていく。
 みんなの想いがあたたかくて嬉しい。

 だけど、いよいよ大詰めだ。終局(しゅうきょく)を迎えようとしている。
 わたし、朝陽くん、高月くんの3人はもう残機が1であとがない。

 今日のうちに決着をつけなければならない。

 そうでないと、恐らくそのうちひとり以上は、確実に命を落とすことになるだろう……。



     ◇



 わたしたちは結局、いつも通りに屋上へ移動した。
 何となくここが落ち着く場所になりつつあった。

 日差しはあたたかく、のどかな空気が流れている。
 身に迫る危機とはあまりに似つかわしくなくて、何だか悲しくなってくるほどだ。
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