惨夢

 朝陽くんの手から抜け出そうとしたのに、先にそう呼ばれて(はば)まれた。
 ぎゅ、といっそう強く握られる。

「言ったよね。何があっても最後まで一緒にいる、って」

「もう“最後”なの……!」

「違う! この手が離れるまでは、最後になんかしない」

 心が震えて、また泣きそうになった。
 それなら朝陽くんは、この手を離すつもりはない、ということだ。

 わたしがここに残るなら、自分も一緒に死ぬ気でいる。
 そんなふうに言われたら、わたしも飛び降りるしかなくなってしまう。

 何もかもが偽物かもしれないのに。“裏切り者”かもしれないのに。
 そんなわたしが現実世界へ戻っても、結局は何も変わらないだろうに。

 今夜の結末も曖昧(あいまい)なまま、また悪夢に閉じ込められる日々が続くだけ。

 わたしを殺さない限り、わたしが死なない限り、みんなに死が迫るだけ。

「でも、それじゃ終わらせられない……」

「ここで花鈴が死ぬよりいい。お願いだから、ちゃんと守らせて。もう離れたくない」

 切実な朝陽くんの表情を見て、それ以上の反論は口にできなかった。

 それでは、死の瀬戸際(せとぎわ)で決断を先延ばしにするだけだ。
 分かっているのに、拒めなかった。

 朝陽くんのことが好きで、大切で、わたしも離れたくなかったから────。
 彼の言葉を信じてみたかったから。

「行こう、花鈴」

 ……わたしは強く頷いた。
 その手をしっかりと握り返したまま、ふちの手前に立つ。

 一度深く呼吸をして、(くう)へと足を踏み出した。

 ────けれど。

「……?」

 不意に朝陽くんがぴたりと動きを止めた。

 くん、と手を引っ張られ、つられて立ち止まる。というよりは、彼が止まったことで(おの)ずと引っ張られてしまった。

「朝陽、くん?」

「…………」

 不思議に思いながら見上げると、心底困惑したような横顔が窺えた。
 する、と力なく繋いだ手がほどける。

 戸惑いと胸騒ぎで心臓が重たく拍動(はくどう)していた。

 彼は力なく腕をもたげ、目の前の虚空(こくう)触れる(、、、)

「え……?」

 何も見えないのに、確かにそこに実体があるようだった。

 おかしい。
 3人は何にも阻まれることなくここから飛び降りていった。目の前には何もないはずなのに。

「……っ」

 ずる、と朝陽くんの手が虚空を滑り落ちた。
 愕然(がくぜん)としたまま、くしゃりと髪をかき混ぜる。

「……うそだろ……」

 そう呟いた声は掠れていた。
 わたしも信じられない気持ちで彼を見つめていた。

 朝陽くんは屋上から飛び降りられないようだ。見えない壁のようなものに阻まれている。
 現実に戻ることは許さない、と芳乃が示している。

「朝陽くんが……“裏切り者”?」
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