惨夢

 ひとりでに言葉がこぼれ落ちていった。
 ほとんど声にならないような、ひび割れた呟きになった。

「そんな……。そんなわけ……」

 うわ言のように繰り返す。
 心臓が早鐘(はやがね)を打ち、呼吸が浅くなっていった。

 朝陽くんとの思い出が、記憶が、頭の中で蘇ってはぐちゃぐちゃに混ざり合って溶ける。

 目の前が滲んで揺れた。
 足から力が抜けて思わずたたらを踏んだとき、左手に乾いた感触を覚えた。

「……?」

 (いぶか)しみながら見やると、1枚のメモを握っていた。
 こんなもの、手にした覚えはないのに。
 震えながら開いてみる。

「“不完全”……?」

 それだけ記してあった。(まご)うことなき芳乃の言葉だ。

 何が不完全なのだろう。
 何が足りなかったのだろう。
 そもそも今、何が起きているの……?

 もうわけが分からない。
 状況を理解することを、真実を受け止めることを、脳が拒んでいる。



「ふふ……。あははっ」

 唐突(とうとつ)に笑い声が響いてきた。
 いつの間にか揺れはおさまり、轟音も聞こえなくなっている。

 混乱しながら振り向いた。
 屋上のドア前に、腕を組んだ女子生徒がひとり立っていた。

 血まみれでも濡れそぼってもいなければ、鉈を持ってもいないし、全身が折れてもいなかった。
 だけど、分かる。白石芳乃だ。生前の姿なのだろう。

「残念だったわね」

 彼女はもたれていた背を起こし、わたしたちの方へと歩んできた。
 不思議と恐怖は感じない。ただただ混乱した。

「どういう、こと……?」

「あなたの推理。惜しかったけど、不完全」

 それは最後の部分だろうか。
 わたしが“裏切り者”なら、と告げたところ。

 それともそれ以外の部分?
 “不完全”ということは、根本的に的外れということはないのだろうけれど……。

 いや、そんなの今はどうだっていい。

 朝陽くんは結局、何なのだろう?
 どうなるのだろう?
 わたしは、ほかのみんなは、悪夢は……。
< 174 / 189 >

この作品をシェア

pagetop