惨夢
     ◇



 風が皮膚を撫でていく。

 意識のうち半分も目覚めていないような状態でまどろんでいた。

 肌寒さを感じて脚を重ね合わせたとき、身体に痛みを感じた。
 ごろん、と仰向けになると、腕が滑り落ちて肘を打ちつけた。

(痛……)

 その衝撃で目を覚まし、肘を押さえながら目を開ける。

「?」

 視界には見慣れた自室の天井ではなく、朝の空が広がっていた。
 水色にさらに白を混ぜたような柔らかい色合い。

 絵筆を軽くはたいて描いたみたいな雲を、朝日が照らしている。

 困惑したまま上体を起こした。
 きょろきょろとあたりを見回す。

「プール……?」

 わたしはなぜか学校のプールサイドで眠っていたようだった。
 硬い地面で寝ていたせいで身体のあちこちが痛んだけれど、どうにか腰を持ち上げて立った。

 近くには柚と夏樹くん、高月くんの姿もあった。一様に目を閉じていて、まだ眠っているらしい。

(……そうだ!)

 はっとした。
 昨晩とここ1週間ほどの出来事が、雪崩(なだれ)のように押し寄せて蘇ってきた。
 大慌てで左腕を確かめる。

「ない……」

 刻まれていた切り傷は、綺麗さっぱり跡形(あとかた)もなく消えていた。
 もともとそこには何も存在していなかったみたいに。

 思わず胸に手を当てた。
 心臓はちゃんと動いている。

(よかった……)

 残機がゼロになって死んだわけではなさそうだ。
 芳乃は本当に解放してくれたんだ、と思ったとき、頭の中が夕方の色に染まった。

「花鈴……?」

 小さく呼ばれ、そちらを向く。
 寝ぼけ(まなこ)の柚が、のそりと身を起こしたところだった。

「柚」

 おはよう、と(つむ)ぎかけた声は中途半端に消えた。

 先ほどまで眠気で目を(こす)っていたとは思えないくらいの速さで柚が立ち上がり、勢いよくわたしに抱きついたからだ。

「よかった! やっぱあんたは“裏切り者”じゃなかった」

 この流れは初めてじゃない。柚ではなかったけれど、昨日、朝陽くんも同じことをしてくれた。

(そうだ、朝陽くん)

 彼はどこにいるのだろう?

「ねぇ、柚。あの────」

 言い終える前に柚が離れた。
 わたし以上にびっくりしたような、戸惑ったような、そんな顔をしている。

「柚?」

「“裏切り者”ってさ……何の話だっけ?」
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