惨夢
眉を寄せる彼女の双眸は真面目そのものだ。
本気で分からないといった調子で、自分自身の言葉に首を傾げていた。
「え……?」
今さら何を言っているのだろう。
訝しむものの、困惑が勝って咄嗟に言葉が出てこない。
「……あー、痛てて。なに? 誰の声?」
うなじに手を添えながら起き上がった夏樹くんが、わたしたちの姿を認めて目を丸くした。
「えっ? おまえら何で俺ん家いんの?」
「どっからどう見てもあんたん家じゃないでしょ。よく見なさいよ、ばか」
「え? ……うわ、マジだ! プール? 何で?」
立ち上がった彼はあくびをしながらあたりを見回す。
藻が漂う緑色の水面を見ると、露骨に嫌そうな表情をした。
「朔! あんたも早く起きてよ」
仰向けで姿勢よく眠っている高月くんを、柚がばしばしと叩いて起こす。
顔をしかめつつも目を覚ました彼は、この状況に驚きながらもすぐに飲み込んだようだった。
「昨晩は……そうか。屋上から飛び降りたんだ」
ばっ、と袖を捲り、傷を確かめる。
「残機が消えてる。呪いから抜け出した、のか?」
「……朔。おまえさー、寝ぼけてんの?」
呆れたとでも言いたげな顔で夏樹くんが首を傾げていた。
「なに?」
「飛び降りたとか呪いとか。どんな悪夢見てたんだよ」
面白がるように笑う夏樹くん。
彼もまた、冗談を言っているようには見えない。
「あ、あの……どうしちゃったの? ふたりとも。覚えてないの?」
不安になって思わず口を挟んだ。
「何が? 何の話?」
夏樹くんは相変わらずきょとんとしていて、柚もまた思い当たらないようだった。
高月くんと顔を見合わせる。
「日南は覚えてるよな? あの悪夢のこと」
「当たり前だよ。“終わらせよう”って昨日、みんなで……」
そこまで言いかけて、浮かんだ別のことが先回りしてきた。今度こそその名前を口にする。
「朝陽くん」
「成瀬? そういえば見当たらないけど、どうしたんだ?」
そう尋ねられ、屋上でのことを思い出した。
意識を満たし、動揺で冷静さを失う。
「あ、あのあと、白石芳乃が現れて。朝陽くんが“裏切り者”だって分かって……」
「え?」
「屋上から降りられないみたいだった。たぶん、芳乃の呪いのせいで」
彼の最後の言葉が浮かんできた。
『俺は……永遠に夢から覚められない』
芳乃に囚われている彼はこれからもきっと、何度も記憶を操られて、何度も殺され続ける羽目になる。
そのたび、ああして絶望を味わいながら……。