惨夢

 戸枠の向こう側を仰ぐその横顔を見上げてみたけれど、何の表情も浮かんでいなかった。

 どうしてそうも落ち着いていられるのだろう。
 わたしにはとても無理だ。

「どう考えても夜の暗さじゃない。朝なんて来るのか?」

 彼の言葉に息をのんだ。
 喉元を冷たい空気が通りすぎ、ぞくりと背筋が()てつく。

 朝も夜もない“無”の世界。
 校舎を()したその異空間で、一生このまま……?

「やめてよ……。来るに決まってんじゃん」

 柚は言い返したものの、その声は自信なさげだった。

 わたしは恐る恐る戸枠のそばに立ち、闇を眺めてみる。
 空があったと思しきところを見上げても、星はおろか月すら見つからなかった。



「……あ、放送室見に行く? チャイムが鳴ったってことは誰かいるかも」

 思いついたように柚が口を開く。

 可能性はゼロじゃないかもしれないけれど望み薄だろう。

 彼女自身もきっと承知の上だ。
 それでもじっとしてはいられない。

 だからこそ誰もわざわざ反対したりはしなかった。

 廊下へと戻り、今度は1階の北校舎側にある放送室を目指す。

 うちの学校はロの字型で中央は吹き抜け、教室は北側と南側にそれぞれ並んでいて、各階層を繋ぐ階段は東側と西側にそれぞれあった。

 ──ぴちゃ……

 ──ズズズ……

 不意に奇妙な音が反響して聞こえた。

「今度は何……?」

 また、あんな大きな揺れでも起こるのだろうか。
 思わず身構え、身体に力が入る。

「……っ!」

 夏樹くんが大きく息をのんだのが分かった。

 かたかたと全身を震わせ、一点を見つめたまま硬直している。
 次第にその呼吸が荒くなっていく。

「どうしたの……?」

 案ずるように尋ねるけれど、夏樹くんは答えない。

 声が出ないとかではなく、そもそもわたしの言葉が届いていないようだった。

「嘘だろ……嫌だ……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」

 突如として喚き散らし、頭をかき乱す。

「うあああっ! 死にたくない!!」

「ちょっと……夏樹!?」
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