惨夢
「……ねぇ、何の話してんの?」
「あさひ? って誰だよ」
柚と夏樹くんは困惑したままわたしたちを見比べていた。
(本当に覚えてないんだ……)
悪夢のことだけじゃなく、朝陽くんのことも。
信じられない気持ちで愕然としていると、高月くんがとりなすように言う。
「まあ、この話はあとだ。一旦帰って登校し直そう」
前半はわたしに向けて、後半はみんなに向けての発言だろう。
彼の言葉で一度解散となり、それぞれ帰路についた。
◇
朝の支度を整えながら、わたしはずっと考えていた。
(どうしてわたしと高月くんは覚えてるんだろう……)
いや、柚も最初は何となく覚えていたように見えた。
“裏切り者”と自ら口にしたのだから。
だけど、それからすぐに分からなくなってしまったようだった。
「……!」
そう思い、はたとひらめいた。
もしかしたら、時間が経つにつれて記憶が薄れていくのかもしれない。
思えば夏樹くんはほとんど朝陽くんと行動をともにしたことはなかった。
話したり関わったりは当然したけれど、たぶん4人の中では一番関係が薄かったと思う。
次点はきっと柚だ。
6日目の夜は一緒に行動したけれど、せいぜいそれくらいだった。
そして高月くん。
彼はよく朝陽くんと関わっていた。というか、わたしたち3人で。
みんながばらばらになったときもそうだったし、わたしを除いてふたりで調べ物をしていたこともあった。
関係が深いほど、関わりが多いほど、恐らく記憶は長く持続しているのだ。
……でも、いつかは消える。
柚の忘却はほとんど一瞬だった。
高月くんもわたしも、もう長くは覚えていられないだろう。
学校へ着き、昇降口で靴を履き替える。
プールサイドで目を覚ましたことを思い、もしかしたら悪夢に取り込まれた最初の夜からずっとそこで眠り続けていたんじゃないか、と考えた。
けれど、どうやらそんなことはなさそうだった。
家にも学校にも、ちゃんと現実世界で生活していた痕跡があった。
教室へ入ると、机に鞄を置いて“彼”の席を探した。
(……ない)
やっぱり、というべきかどこにも見当たらない。
不自然に間が空いているとかそういうこともないし、風景は何ら変わっていないのに、“彼”の席だけが忽然と消えている。