惨夢
第?夜

「ほらほら、芳乃ちゃーん。もっと口開けて」

「はい、あーん」

 きゃはは、と騒がしい下品な笑い声が昼休みの教室内でこだましていた。
 それを上回るような、悲鳴にも似た泣き声が耳につく。

 黒光りした虫を口に突っ込まれた芳乃は、顔を歪めて泣いていた。
 吐き出そうにも数人がかりで押さえつけられていて叶わない。

 抵抗しようと動いた途端に、強い力で腕をねじり上げられていた。
 彼女はますます涙ぐむ。

()ったな。マジきもいんですけど」

「あたしなら死んだ方がマシ」

 彼女を囲む3人の女子生徒はいずれも面白がるような軽薄(けいはく)な笑みをたたえている。

 傷んだ金髪に明るい茶髪、耳には大量のピアスを光らせ、(とが)った長い爪をぎらつかせる。
 校則なんて知るかと言わんばかりの装いだ。

(……ばかみたいだな)

 というか、ばかだ。
 低脳(ていのう)で、あまりにも幼稚。

 たぶん、クラスのみんなが思っている。
 でも、何も言わずに我関せずを決め込んで傍観(ぼうかん)していた。

 自分に(るい)が及ぶことを危惧し、面倒ごとに関わりたくないからだ。
 かくいう僕だって同じ。

「うぅ……っ」

 ばか女たちから解放された芳乃は、口の中から大慌てで虫の残骸(ざんがい)をかき出していた。
 涙混じりに嗚咽(おえつ)しながら顔を上げる。

「!」

 その目が不意に僕を捉えた。
 僕はばっと勢いよく俯き、顔ごと逸らす。

(……やめてくれよ)

 助けでも求めているつもりだろうか。
 ……勘弁して欲しい。



「あーあ、何か飽きたわ。もっと面白いのないの?」

「はぁ? あんた飽きんの早すぎでしょ」

「あ! あたし、いい考えある」

「なに?」

「放課後に言うわ。龍輝(りゅうき)先輩にも声かけに行こー」

 女子たちが騒々しく教室を出ていくと、室内に平穏が戻った。
 もちろん一時的なものだ。そして、芳乃の存在をまるごと無視してのものでもある。

 それでもほっとしたような空気が広がり、健全な喧騒(けんそう)に包まれた。

 芳乃は髪で顔を覆って伏せながら、逃げるように教室から出ていく。

 少しだけ呼吸が楽になった。

片桐(かたぎり)
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