惨夢

(まさか────)

 どんな目に遭ったのか、わざわざ尋ねる気にはなれなかった。
 想像するだけでも胸くそ悪くて吐き気がする。

「……それで、何だよ」

 彼女の顔をまともに見られないまま、僕は突き放すように尋ねた。

 メモのことや関係性を言いふらしたこと、苛立ちのままに責めてやろうと思っていたのに、そんな気はとうに()がれていた。
 さすがに同情や哀れみの感情を覚える。

 それでも率先(そっせん)して“助けてやろう”とは思えない。最低かもしれないが、僕は自分の方が大事だ。
 僕が声を上げたところで、どうせ何も変わらない。

「たすけてくれないかな……」

 消え入りそうな声で芳乃は言った。
 思った通りの言葉だった。

「いや……深刻に考えすぎだって。無視してればあいつらもそのうち飽きるよ」

 頭の片隅に用意していた言葉を投げかける。
 いつかまともに助けを求められたら、こう言ってあしらおうと決めていた。

「そんなことない。あいつらは人間じゃないから! あんなひどいことばっかして……なのに平気で笑ってる」

 思わぬ反駁(はんばく)を受け、気圧(けお)されてしまう。
 彼女は気づいている。僕の言葉が適当なものだと。

「いっぱい撮られた……写真も動画も。わたし、もう生きていけない……」

 芳乃はいっそう青白い顔で震えていた。
 (すが)るように顔を上げ、言葉を失った僕の目をまっすぐに捉える。

「お願い。たすけて、蒼ちゃん」

 ざわ、と胸が騒いだ。
 忘れていた苛立ちと焦りが一気に沸き立ち、全身を駆け巡る。

「やめろ! その呼び方」

 半ば怒鳴りつけるようにそう言っていた。虫唾(むしず)が走る。

「迷惑なんだよ、おまえなんか……!」

 はっきり言って、彼女との繋がりは汚点でしかない。過去は()むべきものでしかない。

 僕にとっては、芳乃の存在自体が邪魔だ。
 僕の生活を、人生を脅かす脅威だ。
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