惨夢

 その化け物が、女子生徒の霊が、どこかぎこちない緩慢(かんまん)とした動きでわたしたちの方を振り向いた。

「逃げろ!」

 朝陽くんが叫んだのと、身体が動き出したのは同時だった。
 弾かれたように走り出す。

「なに……、何が起きてるの!?」

「分からないけど、とにかくやばい……!」

 心臓が激しく脈打つたび、全身が恐怖で痺れるような錯覚を覚えた。

「ねぇ、夏樹は!? 生きてるよね?」

「……さっきの見ただろ!」

 高月くんもさすがに冷静さを欠いていた。

 さっきの光景が蘇り、頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。
 赤黒い血が意識を満たしていく。

 滲んだ涙で目の前が揺らいだ。

 友だちの死を悲しむ間もない。
 次はわたしがああなるかもしれないと思うと、怖くて発狂しそうになる。

「うわ!」

 急ブレーキでもかけるかのように、全員が一斉に足を止めた。
 突如として目の前に彼女が現れたからだ。

「マジか……。ワープした」

 消えたり現れたりしているわけではなく、瞬間移動しているということだ。
 まさしく神出鬼没(しんしゅつきぼつ)

 早鐘(はやがね)を打つ心臓が痛い。肺が熱い。

 力が抜けてくずおれそうになるのをこらえるように、震える足に力を入れた。

「!」

 彼女が振り上げた鉈は、今度は柚を捉えていた。

「うそでしょ、ねぇ……っ」

 見開いた瞳でそれを眺め、柚は後ずさる。

 助けなきゃ。何とかしなきゃ。
 頭ではそう思うのに、意思に反して身体が動かない。

 怖い。怖い。怖くてたまらない。
 足がすくんで、喉がからからに渇いて、声のひとつも出てこない。

「やだ! 助けて!」

 柚が素早く踵を返し、駆け出した。
 霊がやはりぎこちない動きでそのあとを追っていく。

「柚……っ」

 ようやく金縛りから解放され、遠ざかるその姿を見つめて呼んだ。
 スマホの白い光が大きく上下している。

 思わず足を踏み出しかけ、高月くんに引き戻された。

「ばか、逃げるんだよ!」

「柚は!?」

「……うまく()けば助かる」

「見捨てるの!?」

 泣きそうな気持ちで食ってかかった。

「友だちなのに!」

 分かっている。
 彼を責めたって意味はない。八つ当たりでしかない。

 目の前で友だちを惨殺(ざんさつ)されて、今度は親友が危険に晒されて、なのにわたしは怖くて無力で何もできない。

 このとんでもない状況を打開(だかい)する方法も分からない。
 次に殺されるのはわたしかもしれない。

 どうなるのか、どうすればいいのか、まるで分からない。

 ありとあらゆる不安と恐怖に追い詰められて耐えられなくなった。
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