惨夢

「だからって闇雲(やみくも)に立ち向かったって、どうせ殺されて終わりだ。今は逃げるしかない!」

 真っ当な言葉を返される。

 高月くんは柚がそうしていたようにスマホのライトをつけ、彼女と反対方向に歩き出した。
 その足がだんだん速くなる。

「……無理にでも覚悟決めるしかない」

 朝陽くんが静かに言った。
 わたしに向けてでもあり、自分に向けてでもあるのだろう。

 夏樹くんのような目に遭う覚悟だろうか。
 友だちの死を目の当たりにする覚悟だろうか。

 どっちも受け入れられない。
 何でこんなことになったんだろう……?

 今すぐここから逃げ出したい。

 重たい歩を進めながらそう思ってぼんやりと考えた。

 夏樹くんも逃げたくて、その一心で、無意識のうちに縋って正面玄関へ走ったのだろう。

 その先で待ち構えているのは底なしの闇だと分かっていたはずだけれど、きっとあの瞬間だけは頭から抜け落ちていた。

 出口がない。逃げられない。
 結局、わたしも殺されて終わるのかな……?



 高月くんはひと足先に放送室の扉の前に立っていた。

「だめだ、開かない」

 わたしたちが追いついたのに気がつくと、取っ手に指を引っかけてみせてくれた。
 がたがた、と扉が揺れはするけれど、開く気配はない。

「もう、どうしたら……」

「とりあえず教室行ってみる? 小日向(こひなた)さんが逃げ込んでるかもしれない」

 朝陽くんの言葉にはっと顔を上げた。
 そう信じたい。柚は無事だ、と。

「待て、教室も開かないかもしれない」

「じ、じゃあ……先に職員室行こう」

 恐れの感情とはやる気をおさえ、わたしは呼びかけた。

 わたしたちの教室は南校舎3階で、職員室は北校舎1階。放送室のすぐ隣だ。
 上がってから開かないと分かったら二度手間になってしまう。

「だね、その方がいい」

 かくしてほど近い職員室へと向かい、わたしは扉の取っ手に指をかけて力を入れた。
 がた、と揺れたけれど動かない。

「……あれ」

 渾身(こんしん)の力を込めてみたものの、結局開く気配はなかった。
 何かが引っかかっているわけでもなく、放送室同様に鍵がかかっているみたいだ。
< 21 / 189 >

この作品をシェア

pagetop