惨夢

 わたしは袖を捲り、腕を差し出して見せた。
 鮮やかな赤い切り傷が4本刻まれている。

「同じだな」

「ひとつ消えたよね? めちゃくちゃ痛かったんだけど」

 どうやらその点まで共通しているようだった。

 こうなった以上、あの夢と腕の傷、それらが無関係だとは言えないだろう。

「夢じゃ、なかった?」

 単なる夢なのだとしたら、こんなふうに現実に影響を及ぼすなんておかしい。ありえないことだ。

「いや、夢は夢でしょ……。だってほら、死んだのに生き返ってるし」

 それは確かにそうだ。
 夜の出来事そのものは、やっぱり現実ではない。



 くしゃりと髪をかき混ぜた夏樹くんが、いらついたようなため息をついた。

「マジで最悪……。死ぬって、あんな痛くて苦しいんだ。今も何か気持ち悪いし」

 お腹の辺りを押さえながら言った彼の顔色は確かに悪い。

 その悲惨な遺体と自分の死に際を思い出し、わたしも思わず眉を寄せてしまう。

 夢の中では痛覚(つうかく)がない、なんて誰が言ったんだろう。

 身体を真っ二つに切断されたあの感覚と激痛は、生々しく染みついて残ったままだ。

「……それな。何が“願いを叶えてくれる”よ」

 神妙(しんみょう)な顔で柚が腕を組む。
 やっぱり、あの夢自体はその怪談と関係しているんだ。

 水面に姿を映すことは、あの幽霊を呼び出すトリガー。

 ただし、彼女は願いを叶えてくれる存在ではなくて、殺そうとわたしたちに襲いかかってくる……。

「元はと言えばおまえのせいだろ」

 顔を上げた夏樹くんが不機嫌そうに柚を睨んだ。

「おまえのせいで俺は殺されたんだよ!」

「はぁ? あたしだってあんなことになるなんて知らなかったし! てか、あたしも殺されたんですけど」

 彼女は同じ調子で夏樹くんに向き直る。

 ただでさえ不可解な状況に(おちい)り、ふたりとも精神的な余裕を失っているのが目に見えて分かった。

「んなもん当たり前だろ、おまえがあの化け物呼び出したんだから!」

「あんただってノリノリだったじゃん! 人のせいにしないでよ」

「ち、ちょっとふたりとも……」

 口論が喧嘩へと発展しそうな勢いで、わたしは慌てて割って入る。

 それでも怒りを宿したふたりの眼差しはお互いのことしか捉えていなくて、余地を見出せなかった。

 その火の粉を浴びるのが怖くて、ただおろおろと見比べることしかできない。

「まあまあまあ」

 (とが)った空気をものともしない柔和(にゅうわ)な声が降ってくる。

 一歩踏み出した朝陽くんが、文字通りふたりを分かつようにして立った。
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