惨夢

「そんなこと今さら責め合ってたってしょうがないって。どっちの言い分も本当のことでしょ」

「それは……まぁ」

 反論しかけた柚だったけれど、勢いを()がれて気まずそうに顔を逸らした。

 最初に怪談の話をして“試してみよう”と言い出したのは確かに彼女だ。

 また、夏樹くんがそれに乗ったのも事実だった。

「俺たちもさ、最終的には自分の意思で乗っかったわけだし。誰かひとりの責任ってことはないんじゃない?」

 わたしや高月くんを一瞥(いちべつ)してから、ふたりに向き直った朝陽くんはそう続ける。

 柚と夏樹くんの顔から毒気が抜けていくのが目に見えて分かった。

「……そう、だな。まぁ、もう終わったことだし」

 ばつが悪そうに後頭部をかき、夏樹くんが言う。

「悪い、柚。八つ当たりして」

 それを受けた彼女は口端を結び、ちら、と夏樹くんの方を窺いつつ告げた。

「……あたしも、ごめん」

 その様子を受けてわたしは驚くと同時に、素直に感心してしまう。

(……すごい、朝陽くん)

 彼がいなかったら、ふたりが仲違いするのをなす(すべ)なく見ていることしかできなかった。

 よかった、そんな事態にならなくて。

 ほっと息をつくと、朝陽くんも気を抜いたような笑みをたたえていた。



「“もう終わったこと”か? 本当に」

 一際(ひときわ)鋭い高月くんの声が空気を揺らす。

 それまで沈黙を貫いていただけに、尚さら重々しく感じられる。

 彼は真剣な眼差しで自身の腕の傷を眺めていた。

 わたしたちの注目を集めた上で顔を上げる。

「むしろ始まったところなんじゃないか」

 その言葉にどきりとした。
 一気にかき立てられた不安がうごめく。

「……なに言ってんだよ、朔。もう十分怖い思いしたじゃんか」

「そうよ。あの怪談はでたらめで、願いを叶えてもらえるんじゃなくて“悪夢を見せられる”ってのが実態だった。そんで全員殺される悪夢を見た! それで終わりでしょ?」

 そんな夏樹くんと柚の言葉を信じたいけれど、それでは腑に落ちない部分が残っている。

 そしてそのことを、たぶんふたりとも頭のどこかではちゃんと理解しているはず。

「だったらこの傷は何なんだ」
< 30 / 189 >

この作品をシェア

pagetop