惨夢

 彼は机の(かたわ)らに立ち、わたしと夏樹くんを見比べる。

 目が合うと、つい視線を逸らしてしまった。
 そうしてから慌てて言葉を探す。

 答えるために目を逸らしたことにしようとしたのに、今のは感じよくなかったかも、とか余計なことが気にかかって、答えること自体が頭から抜け落ちた。

「何でもない! 俺は怖がりでもびびりでもないからな」

 勢いよく席を立ち、夏樹くんはどこかへ行ってしまった。
 その後ろ姿を見送ると、ふっと朝陽くんがおかしそうに笑う。

「変なの」

 彼の綺麗な横顔を見上げる。

 記憶の中のそれより大人びているのに、昔の面影がちゃんと残っていた。何だか不思議だ。

「ね?」

 不意にこちらを向かれ、はっとした。
 今度は逸らすことも間に合わないで、息をのんでしまう。

「……本当にね!」

 何か言わなきゃ、と焦って、小さく笑いながら同調した。
 それ以上に続けられない。

 柚だったらきっと、もっとうまい返しをするんだろう。
 相手の興味を引くような、笑わせられるような。

 ────本鈴のチャイムが鳴った。

 朝陽くんとの話が打ち止めになって残念なような、今はそれで安心したような、ちぐはぐな気持ちになる。

「じゃ」

「あ、うん」

 軽く手を挙げて自分の席へ向かう彼の背中を見つめた。
 わたしが知っているより、いくらか大きく感じられる。

(成瀬(なるせ)朝陽くん……)

 彼とは同じ小学校に通っていた。
 今年、偶然同じクラスになって再会を果たした、わたしの初恋の人。

 小学生の頃はほぼ毎日顔を合わせていた。
 ほかの友だちも(まじ)えてよく一緒に遊んだものだ。

 わたしたちは仲がよかった。
 でも、だからこそ結局、想いは伝えられなかった。

 そのまま卒業して会わない日々が積もっていき、ただの甘酸っぱい思い出になるはずだったのだけれど。
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