惨夢

「……そういえばさ、昨日おかしかったよね」

 鬱々(うつうつ)と雰囲気が沈んでいく前に、柚が話題を変えた。

 同意を求めるような眼差しに気づき、わたしは頷く。

「あ……うん。チャイムって1時間に1回のはずだよね? それで1階が崩れる」

「そうそう。なのにさ、昨日は1階だけじゃなくて2階も崩れ落ちたの! てか、3階も4階も」

 チャイムとともに崩落が始まったが、なぜかそれは1階だけに留まらなかった。

 あれはどういうことだったのだろう?

「……妙だな」

 思案するように顎に手を当てる高月くん。
 やっぱり、わたしたちの憶測が間違っていた?

「あと、非常ベル。あれも何だったんだろ」

 朝陽くんが(いぶか)しげに眉を寄せる。

「あー、それあんたが鳴らしたんじゃなかったの?」

「いやいや、俺じゃないって。あのときは……鍵見つけて、そしたらいきなり鳴り出して。廊下に出たら化け物がいたから逃げたんだよ」

 意図的に鳴らしたわけでも、事故的に鳴ってしまったわけでもないようだ。

「何だそれ? じゃああの化け物が鳴らしたってこと?」

 夏樹くんが不思議そうに首を傾げる。

「んー、でも校舎には化け物以外にもやばい何かがいるんだもんね。それの仕業かも」

「あ! あの笑い声のやつか」

 職員室へ向かう前、聞こえた奇妙な笑い声と“こっち”と囁く声。

 あれが化け物とはまた別の怪異なら、その可能性はありえそうだ。

 そう思うと、嫌でも3年C組の教室で体験した奇妙な出来事が蘇ってきた。

「それと関係あるかは分かんないんだけど……」

 ぎゅ、と無意識のうちに拳を握り締めてしまう。

「教室で鍵探してるとき、机の中からいきなり手が現れたの。掴まれて……本当にびっくりした」

「うえ、何それ。気持ち悪いな」

「大丈夫だったの?」

 朝陽くんに心配そうな表情を向けられ、慌てて頷いた。

「あ、うん。そのときは一応それだけで済んだけど……みんなも気をつけて」

 そういった怪異があの化け物と関係しているのか、わたしたちに対して悪意を持って脅かしているのか、本当のところはまだ全然分からない。

 ただ、警戒しておくに越したことはないだろう。
< 55 / 189 >

この作品をシェア

pagetop