惨夢
     ◇



 はっと目を開けた。

 意識が現実へと引き戻され、全身も感覚を取り戻す。

 伏せていた顔を慌てて上げたとき、心配そうな表情の柚と目が合った。

「あーもう、びっくりした。大丈夫?」

「え……」

「めちゃくちゃうなされてたんだよ」

 そう言われ、ひやりとした冷たい風が背中を通り抜けていく。
 じっとりと嫌な汗をかいていたみたいだ。

 未だに動悸は激しいままで、何だか喉がからからだ。

「授業は……」

「とっくに終わってるし、ほら」

 喧騒(けんそう)に包まれる教室の中、柚の指した方を向く。
 朝陽くんと高月くんが夏樹くんに起こされているところだった。

「てか、それ何?」

 頬に手が伸びてきて、つられるようにわたしも触れた。

 ひりひりと(うず)く。思わず指先を見下ろす。
 真っ赤な鮮血が滲んでいた。

「な、何で……」

 こんなところ、怪我をした覚えはない。
 机に伏せている間に教科書やノートの端で切ってしまった?

 あるいは────。

『痛……っ』

 確かに夢の中でなら、鉈で切りつけられた。

 まさか、その影響が現実にも現れた……?

 どくん、どくん、と心臓が重たい拍動を繰り返していた。

 動揺が拭えずに俯いた先で、思わぬものが目に飛び込んでくる。
 仰天(ぎょうてん)して息をのんだ。

「え……!?」

 机の上、開いていた教科書に、髪がひと(ふさ)乗っている。

「何これ!?」

 それに気づいて一瞬飛びのいた柚が、眉をひそめながらもう一度じわじわと歩み寄ってきた。

「髪、の毛……?」

 心底理解不能だと言わんばかりに怪訝(けげん)そうな表情を浮かべている。

(わたしの……)

 慌てて自分の髪を指で()き下ろすと、はらはらとまた数本落ちていった。

 不自然というほどではないけれど、一部分だけ短くなっている。

 さっと血の気が引いた。
 夢の中で、髪もひと房切り落とされた……。

「ちょっと、ごめん」

 ふらふらと立ち上がり、おぼつかない足取りのまま教室を出ていく。

 引き止める柚の声にも振り向けないまま、お手洗いへと駆け込んだ。



 水道の蛇口を捻り、顔を洗う。
 冷たい水を浴びると、いささか冷静さを取り戻すことができた。

 絡みついてきた動揺と困惑が洗い流される。

 顔を上げて鏡を見ると、左の頬に2センチくらいの切り傷が刻まれていた。

 水に溶けて薄まった血が、つ、と伝い落ちていく。
 指先で傷口を拭ってみたけれど、すぐにまた滲んできた。

(これ……)
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