惨夢

「行こうぜ、朝陽!」

 夏樹くんが今度は彼の肩に手を回す。

「まあ、いいけど……」

 積極的に賛成というわけでもないけれど、絶対に嫌というわけでもなかったみたいだ。
 彼は一応首を縦に振った。

「でも今はまずいかも」

「何で?」

「まだ先生たちいたし」

 こんな時間まで、と驚きながら校舎の方を窺うと、確かに一部明かりが漏れていた。

「てか、あんた何してたの?」

 柚が尋ねる。
 そういえば朝陽くんは校舎の方から現れた。

「忘れもの取りに行ってた」

「こんな時間に?」

「バイト帰りなんだよ。そのついでに」

 知らなかった。
 朝陽くんもバイトしてたんだ。

 会わなかった間、話さなかった間、お互いにどれだけ知らないことが増えたのだろう。

 なんて思っていると、高月くんが腕を組んだ。

「まあ、とりあえず先生たちがいるなら忍び込むのは無理だな。諦めて帰────」

「どっかに隠れてよっか。校庭の倉庫の方とか」

 彼の言葉をまるごと無視して、柚が校門を潜る。

「ちょっと、柚……」

「大丈夫だって。倉庫の方まで行けば職員室からは見えないし」

 思わず引き止めたものの、彼女は歩みを止めない。

「何かわくわくしてきた。面白いじゃん」

 夏樹くんまで同じ調子で歩いていってしまった。

 彼は怖がりなようだけれど、だからこそほかの誰かが一緒にいると気が大きくなるタイプなのかもしれない。

「……どうする。僕たちだけでも帰るか」

「ふたりを放っては帰れないよ」

「しょうがないな、バレたら明日一緒に怒られよう」

 わたしと朝陽くんも足を踏み入れる。

 残った高月くんはため息をついたものの、諦めたようにあとに続いた。



 ────校舎からすべての明かりが消え、人の気配がなくなった頃には、深夜0時近くを回っていた。

「あー、やっとかぁ……」

「先生たち頑張りすぎでしょ」

 伸びをする夏樹くんに柚が続く。
 ふたりを先頭に、わたしたちはプールの方へ歩き出した。

 そのとき、ふと一抹(いちまつ)の不安が()ぎった。

 屋外にあるプールが解放されるのは夏場の授業のときだけ。
 今はまだ5月に入ったばかりだ。しかも真夜中という時間帯。

 これだけ待ったけれど、鍵がなければ入れないような気がする。

 だけど何だか水を差してしまうことになりそうで、その憂慮(ゆうりょ)を口にすることははばかられた。

 そんな折、夏樹くんが思いついたように言う。

「……そういえばさ、そもそも水って張ってあんの?」
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