惨夢
頷き返すと、北校舎側に近い靴箱の方へ向かう。
スチール製でわたしの身長より少し高いくらいの大きさだ。
すのこに上がって、端から順に開けては中を照らしていく。
(怖いな……)
開けた空間だからか、心が落ち着かない。
この昇降口は視認性が高い上に逃げ場所がなく、大した隠れ場所もなかった。
ちら、と正面玄関の扉を見やる。
錆に侵食されつつあって、それが血に見えた。
初日、ここで無惨に殺害された夏樹くんの様子が蘇ってきたのだ。
「……っ」
見つかったらすぐに追い詰められる。
そういう意味でも、早く調べ終えてここから離れたい。
そう思って次の靴箱を開けたとき、ぱたぱたと何かが降ってきた。
「わ……!」
濡れた何かが皮膚に飛んで、その生あたたかい温度に違和感を覚える。
(え……?)
慌てて明かりを向け、息をのんだ。
靴箱からだらりと垂れた、赤黒い物体。
ぐねぐねと波打っているそれは、まさか腸……?
「うっ」
靴箱全体に、ぐちゃぐちゃに潰された臓物が詰め込まれていた。
開けた反動で一部が飛び出してきたのだ。
ぽた、ぽた、と血が滴っている。
(気持ち悪い……!)
足から力が抜け、思わずその場にくずおれる。
生臭いような強烈なにおいに襲われ、吐き気がした。
「花鈴……!?」
ちかっと白い光が飛んでくる。
異変に気がついた朝陽くんが駆け寄ってきた。
「う、何だこれ」
床に散らばった内臓の破片を照らし、それから靴箱の臓物やそこから垂れる血に気がついたようだ。
ひどい異臭に顔をしかめつつ、傍らに屈み込む。
「大丈夫? おいで、こっち……。1回離れよう」
肩を支えてもらいながら引っ張り起こされ、放心状態だったわたしはただただ身を委ねる。
悲鳴を上げる気力もとうに失って、蒼白な顔のまま朝陽くんについてホールへと引き揚げた。
力の入らない膝が震えて、がくん、と何度もへたり込みそうになる。
浅い呼吸が苦しい。
いつまでも生臭さが鼻から抜けなかった。
「平気? それ、洗いにいく? とりあえず化け物の気配もないし……」
そう指し示され、ようやく自分の状態に意識が向いた。
肌や制服にべったりと血が染み込んでいる。
臓物を浴びたせいだ。
生臭いにおいも錯覚じゃなかった。