惨夢
「……そっか、強いね。花鈴は昔からそう」
「え? そんなことないよ、気も弱いし」
「それは“優しい”の間違い」
穏やかに言ってのけた朝陽くんが、ふとポケットに手を入れた。
その言葉を真正面から受け取る前に、さっと空気に流されていってしまう。
「これ、渡しとく」
何かを差し出され、反射的に掌を向ける。
ちゃり、と甲高い音が鳴った。
「“相談室”」
「そう、さっきの隙に男子トイレ調べてたらたまたま見つけた」
相談室は南校舎1階にある。
さっきの隙、というのはわたしが血を洗い落としているときだろう。
「昇降口の残りは俺が調べとくから、花鈴はとりあえず南校舎側探しに行って」
「え、でも……」
「いいから、早く。昇降口が済んだら北校舎側行くからさ、終わったら手伝いに来てよ」
危なっかしい上に時間のかかる昇降口を彼ひとりに任せるのは気が引けた。
先ほどのこともあって、ここでわたしが別の場所の探索へ移ったら、それは甘えのような気もしていた。
けれど、朝陽くんにはわたしの抗議を取り合う気なんてさらさらないみたいだ。
「分かった。すぐ行くね」
そう答えると、頷いた朝陽くんはすぐに踵を返した。
わたしも南校舎側へ向かおうとしたけれど、咄嗟に足を止める。
先に女子トイレの方を調べることにした。
“日没前の夢”でそうだったみたいに、またお手洗いでメモが見つからないかと期待していた部分があった。
だけど、結果は芳しくなかった。
どの個室もタンクの中は水で満たされていたし、メモどころか鍵も見当たらない。
掃除用具入れを調べ終え、ついさっきまで血を洗い流していた洗面台の方へ再び向かう。
当たり前といえば当たり前ながら、水道のあたりにも何もなかった。
(ないなぁ……)
ちら、と最後に振り向いて全体を照らしたとき、ふと床で何かが光った。
「あ」
洗面台の下だ。
さっと屈んで手を伸ばした。
(見逃すところだった)
掴んで引き寄せた鍵のプレートを確かめる。
“進路指導室”────南校舎1階、西側の端。ちょうど今から向かおうとしていたところだ。