惨夢

 東階段の前を通って北側へ向かう手前で、ふと吹き抜け部分に目をやった。

 1階のそこは学食になっている。
 昇降口よりも視認性が高く危険な場所だ。どのフロアにいても見下ろせば目に入る。

 どちらも扉の概念がないイレギュラーな空間ではあるものの、鍵が隠されていることはあるのだろう。

(……あとで探しにいかなきゃ)

 何にしても一旦、朝陽くんと合流したい。

 そう思って再び歩き出したとき、あの音が不意に響いてきた。

 ──ぴちゃ……

 ──ズ……ズズ……

「!」

 心臓が跳ね、恐怖と緊張から加速していった。

 それほど近くはないような気がする。

 けれど、音を拾えるということは、同じ階か2階の廊下ではあるのだろう。

 スマホのライトを消して、ローファーも脱いでおいた。
 こうすれば足音をかなり小さく忍ばせられる。

 壁に手を添え、慎重に一歩ずつ踏み出した。

 つい不安であたりを見回してしまうけれど、真っ暗闇の中では何も見えない。
 壁に触れていなければ、前後左右も分からなくなっていただろう。

(朝陽くん、気づいてるかな……)

 あの化け物が近くにいるかもしれない、ということに。

 一度足を止め、耳を澄ませてみる。

 ──ズ……

 水音はほとんど聞こえない。
 引きずるような重たい音も、だんだん遠ざかっているように感じられる。

 気は抜けないけれど、思わず息をついた。

 念のためまだライトはつけないで、壁伝いに北校舎側へ進んでいく。

 ──びちゃ

「え……?」

 不意につま先が何かを踏んだ。

 じわ、と靴下に生あたたかい何かが染みてきて、おののいたように足を引っ込める。

(なに……!?)

 動揺が渦を巻いて、呼吸が浅くなっていく。
 嫌な予感を覚えたまま、恐る恐るライトを点灯した。

「ひ……っ」

 真下に血の海が広がっている。

 てらてらと不気味に光るその中心に、惨たらしい肉塊が転がっていた。

「あ、朝陽くん……!?」

 確信があったわけじゃない。
 むしろ、そうだったら嫌だとさえ思った。

 だけど、ここにいることからして、きっとそうなのだろう……。
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